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2009-06-17 Wed 21:53
テレビを眺めていましたら倖田クミがCMで唄ってたんですね。
聴くとは無しに流れる音楽を見るとは無しにテレビで見ていたんですが、画面の端に流れる唄のタイトルが表示されたんですよ。朧な意識でよっこらせと見てみますと、どうやら"Lick me"というタイトルの楽曲らしい。 こう見えて英語には自信があって。 "wild"の名詞形は"wilderness"となるんですが、"ワイルドネス"と発音するのはアマチュアなんですね。なんていうのかしら?我慢が足りない。英語の発音ってのは英単語と僕ら人間の我慢比べという一面があって。英単語と僕等は水を張った洗面器に顔を突っ込んで、どちらが先に我慢できなくなって顔をあげるか?命がけで競い合っているようなもんなんです。"ワイルドネス"という手の届く安直に依り顔を上げたいのををグッと堪えてここは未到の"ウィルダニス"と発音するのが正しい。で、中学時分の僕は誰に習うことなく、ましてや呼吸の我慢を強いられることなくごく自然に"ウィルダニス"と発音してたんですよね。このキャパの違いにおいて神童っぷりが窺い知れるかと思います。 そんな英語長者な僕ですから"Lick me"の意味なんぞツルッとお見通し。"Lick me"の意味を自然に、カラスが生ゴミを漁るような調子で訳してみたんですが。 「私のクリッとした突起物をペロペロ舐めて」 だったんですよ。あきらかに日本語の、あの懐かしい下卑た文字達が、多い。 getという単語の意味を英和辞典で調べていただくといいんですが、やたらたくさんの意味があるんですね。どうすればたくさんの意味を覚えることが出来るのか?と言えば答えは簡単、「意味を一個だけ覚えて、後は自分の都合の良いように訳す」これなんですね。"get"は「得る」という意味がありますからそれひとつ覚えておいて、後は前後の文脈に沿って適当に、都合の良いように訳すんです。 他の英単語についてもそんな調子でして。件のLickの野郎については「舐める」っぽい意味合いの単語だとしか覚えていなかったんですね。他の意味は知らなかったんですよ。で、Lickの何やらクリックリとした音と相俟って、まぁ、そりゃあそんなにクリックリとしてりゃあこう、ペロリとねぶるしかないな、ここで洗面器から顔を上げるわけにはいかないし、といった具合で。最終的に解答用紙には決して書けない和訳の完成と相成ったわけです。 get=得るという意味をひとつだけたずさえて、僕は全く不自由しなかった。 僕が抱いていたgetという花は、確かに一輪しかなかったが僕の中において豪華絢爛な花束だった。僕ならば世界中のgetにあるべき有用な幾万の意味を与えることが出来ると信じていた。一輪の花を手品のように花束に変えることが出来ると信じていた。いや、getのみならずそれがたとえLickであれ、意味一輪から無限の花束を作ることが出来ると信じていたんですね。 咲いている花を毟り僕は、「おそらく3つあるんだろうけど、どの突起?」などと、30オーバーの人間がおよそ考えついてはならない思考というか、ウジムシのようなシナプスの反応をなすすべなく見ているだけだったんですね。 僕がいつまでも綺麗に咲くと思っていた無限の花束はいつしか一輪、また一輪を花を落として、いつしか枯れ果ててしまっていた ひとつの英単語にひとつの意味だけ与えて、そこから無限の意味を紡ぎ出すには僕はあまりにも穢れすぎてしまったと、泣きたくなるんですよね。 |
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2009-06-11 Thu 22:37
死というものが精神的なものと肉体的なものに分けられると仮定して、人の精神的な死とはつまり「夢をみなくなる」ことに他ならないと思うんです。
僕らはたくさん夢をみるんですね。パイロットであったり地球を救うヒーローであったり。ビッグバンとともに開闢した宇宙が広がり続けるようにオギャァと産まれた人は光速で広がる沢山の夢を見続ける。 どこまでも広がる夢の世界なんですが、いつしかそれは収縮し始めるんですね。宇宙の平和を守るつもりだったのに守る対象が地球、日本、三丁目、果ては自分自身のみと範囲を狭めていくように、人の夢は、宇宙の終わりのビッグクランチよろしく収縮しつづけ、やがて人は夢を見なくなる。たとえ肉体的には生きていても精神的な死はそこで訪れるんだと思うんです。 先日、会社の同僚とお酒を飲みにいったんですよ。 "最近どうよ?"程度の社交辞令はそこそこに僕らは、お互いの最近の夢を話し始めたんですね。こりゃあ大変なビッグクランチが観測出来るぞと息巻いて僕は、まるで望遠鏡で空を観測するように30を越えた白色矮星達を観測したんです。 収縮を始めた夢達が出るわ出るわ。 「もみじ狩に行きたい」とか、夏なのに。「会社辞めたい」とか、この前二人目が産まれたのに。 「もうほっといてくれ」とか、夢を語れって言ってるのに。「床屋パブに行きたい」とか。床屋パブってなにそれ俺も行きたい。 まぁ、この白色矮星達はあと半年も放っとけば精神的な死を迎えるんでしょうね。でも、僕は、僕だけは違う。 「180度開脚ができるようになりたい」 僕の最近の夢はこれなんですね。まだ僕はバレェの道を諦めたわけではなくって。バレリーナよろしく足を180度パカッと開いて、ニカッと笑ってみたいんです。 開脚の練習をしてるんですがこれって大変なんですよ。効果的な練習がなくって、まぁど根性で開き続けるしかないんですね。 僕自身の夢が確かに光さす正方向へ向かっていて、他の彼らのそれが暗い特異点に向けてまっさかさまなのに言いようのない優越感を感じながら僕は彼らに問うたんです。「どうすれば180度開脚できるかしら?」 「兄弟子じゃねぇ?」床屋パブの彼が囁きます。 なんでも開脚の練習をする時に、背中をグイグイ押してくれる兄弟子の存在が僕の夢を叶えるキーらしい。 ありがとう。ありがとう。でもそれって、相撲の股割りのことだよね? 円の面積を求める公式を、みなさん覚えておいででしょうか? πr² ですよね。詳しくはこちらのサイトを見ていただければいいんですが "円の面積を求めるためには丸い円を細かく割って、割って無限に割り続けて長方形にする"んですよ。微分の考え方ですね。 それと同じで "僕の180度の開脚が出来る様になりたい気持ちは、割って、割って、割って無限に割り続けていくと兄弟子が欲しい気持ちにカタチを変える" ような気がしたんですね。出来ない180度開脚を微分したら兄弟子になって、結果グイグイ背中を押されて涙ながらにも180度開脚が出きるようになれる気がしたんです。 日常に物理や数学は満ち溢れているような気がして。光速で広がるもみじ狩りや宇宙の終わりを示す床屋パブやら、兄弟子やらで世界は満ち満ちているような気がして。ああ、それはそれでイヤだなと思うんですよね。 |
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2009-06-08 Mon 21:36
先日、道路を走っていましたら、先行するクルマの左後部、ちょうどタイヤのあたりから何やら煙が立ち上がっているように見えたんです。
しかしなにぶん走行中のことでして。本当に先行するクルマから上がっている煙なのか?最初はよくわからなかったんですね。僕の見誤りかもしれないし、排気ガスなのかもしれないし。 信号待ちになり、まじまじと舐りあげるように先行するクルマのタイヤを眺めてみますと、明らかに煙がスンスンと上がっていたんです。どうやらフェンダーがタイヤの端っこに干渉していて、鉋(かんな)で削るようにタイヤが削られているようでした。このままいけばタイヤはバーストしてしまうでしょう。 さてさて、親切な僕が教えて差し上げましょうと思ったんですが、ここで僕はふと思ったんですね。 "ちょっと驚くってのは、とても人間的な行為だ" 前を走るクルマから煙が出てることに気付き、確かに僕は驚いたんですが、悲鳴を上げてギャッと驚いたわけでなく、「オッ!?」程度の、それは決して大きな驚きではなくごく小さな、そうですね、女子高生の会話に「キドクラッチ」という文言が含まれていることに気付いた時にはおそらく感じるであろう程度の小さな驚きだったんですね。 "驚く"という行為は、(敵に)驚いて→逃げるってのが一連の行為になっていて切り離せない。 かたや逃げを伴わない"ちょっと驚く"って行為はそこら辺の燕雀には届かない高等な行為だと思ったんです。驚きの対象が何なのか?よくわかっているからこそ"ちょっと驚くだけで済む" 「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや、だ」 故事成語の意味を軽めに間違えながら僕は、"ちょっと驚く"という己が人間の証を舌で転がしながらですね、まぁ、いつのまにか前のクルマの削れタイヤのことをコロッと忘れてしまってたんですね。降りて教えるつもりがいつのまにか信号が青に変わってる。 「しょうがない、次の信号待ちで教えよう」と思ったんですがそこからしばらくの国道325号線が織り成すシグナリングがすごくって。走れども走れども青信号。見事な天皇陛下っぷりを見せながら前のクルマと僕のクルマはある種異様な緊張感を湛え走り続けました。 前のクルマからバン!と結構大きな音がして、哀れタイヤはバーストしちゃったんですよね。慌てて路肩に駐車する前のクルマ。バーストした音に驚いて振り返る周りの人々。 「…人間の証を手にするのは、何かを犠牲にしなくてはならないものなのかもね」なんぞ考え、慌てて路肩に駐車する前のクルマの横をこれっぽっちも悪いと思わず走り抜ける僕自身に、僕はちょっと驚いたんですよ。 |
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2009-05-24 Sun 22:36
テレビを観ていましたら、最近流行の新型インフル特集なんてのがやってまして。通り一遍のビィケアホーが画面を満たしていくのを眺めていたんですが。ちょっと読めない漢字が出てきたんです。
不織布 これなんですね。 読めない理由がちゃんとあって。よくよく考えれば僕は、中学生の時給食当番で着用して以来マスクというものを一度も着けたことがないんですね。あの寒風吹き荒ぶ真冬の日も、舞い上がる花粉が空を暗くしたあの春の日も、僕の鼻口を覆うものは何もなかった。僕のマスク暦はあのガーゼで出来たマスクで終わり。不織布で出来たマスクを着けたことは勿論、手にしたこともない。 僕は着けたことなくても母はあるんじゃないの?花粉症だし、と思い尋ねてみたところ母もマスクを着けた記憶が無いらしいんです。「姉を妊娠してた時には風邪とかひいたらマズイからさすがに…」なんて、ちょっと影がある女性よろしく言っちゃってるんですが、それってアメリカの大統領がニクソンだった時の話ですからね。 まぁ、ウチの家族には決定的にマスクが必要なくて、不織布マスクを手に取る機会がなかったというのが読めてない理由なんですよ。 "compensate"という単語がありまして、"償う"とか"補償する"とかそういった意味なんですね。 これは学生時分に聞いたハナシなんですが、多くの人々はこういう難解な単語を使うことはないらしくって、"make up for〜"という熟語で代用するらしいんですよ。 compensateと不織布は、単語が置かれた社会的意義に於いて同じだと思ったんですね。 前述"多くの人々"というのは"所得が低く、充分な教育を受けられない人々"だと先生は教えてくれました。 これはもう戦うしかないと思ったんです。 マスク暦が昭和マスクで終っているような頑強で貧しい人々を代表して僕が、見事それを言い換えなければならない、そう思ったんです。 おあつらえ向きに最近の世間話といえば新型インフルの話ばかり。 不織布で出来たマスクも売りきれ続出らしいんです。 「いや〜、新型インフルエンザの影響でマスクが売り切れ続出みたいですね〜」 世間話の口火は僕から切りました。 「ガーゼのマスクじゃあまり効果がないらしいですね。あの、いくつかのパタタッとした折り目がついたマスクじゃないとダメらしいですね」 "いくつかのパタタッとした折り目がついたマスク" 愛すべき頑強達に捧げた僕の必死だった。"パタタッ"の部分でマスク自身の軽さを演出しつつ、"折り目"を盛り込むことで"織らずの布に折り目有り"とは…。皮肉なものですな。あたりの、地球が真っ二つに割れるようなレトリックを滲ませた僕の必死だったんですが。 最近は折り目がないヤツもある らしいんですね。口ばしみたいなタイプ。 マスクの世界は僕ら"多くの人々"が想像する以上の速さで進んでいて。僕の戦いは始まったばかりなんですが、なんていうのかしら?そろそろ終わってくれてもいいとも思うんですね。フオリフ? |
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2009-05-10 Sun 21:29
昨日か一昨日か忘れてしまったんですが、ナイターで巨人×中日戦をやってまして、巨人はゴンザレスが投げてたんですね。実況アナがゴンザレスの名を呼ぶ度に、ゴンザレスがシパッと放る度に僕はちょっぴりメランコリー。高校の時好きだった女性が描いた絵がとんでもなくダイナミックな遠近法を駆使して描かれていたことにクラス中がどよめいたあの時のような、甘くせつない気持ちになったんですね。(なんかゲルニカみたくなってた。自然科学的には奥にあるべき物が手前に見えるように描かれていた。あえての手前?)
僕がこの先の人生でゴンザレスのことをゴンジーと略すことは、もう無いのかもしれない そう考えるに至り、泣きそうになったんですよ。 もう僕は、外国人を愛称で呼ぶような世界が認めるメインストリームに立てない。熊本というこのドロリとした田舎で、昨日職場で発した文言が「下についとるまるか棒のつんかげとっとでしょ?」みたいな、最早標準語に訳すことも諦めてしまうような日々という牢獄を一生生きていくんだと。泣きたくなったんですよ。 そんなメランコリーには伏線があったんですね。 ハゲタカというドラマがNHKでやってまして。GW中に再放送をやってたんです。本放送含めて何度か観ているんですがなかなか良く出来たドラマなんです。ハゲタカと蔑称される海外ファンドの日本法人の代表を務める主人公(大森南朋)と、主人公がかつて勤めていた銀行の上司(柴田恭兵)、主人公が銀行員時代に担当していた町工場の娘(栗山千明)などが織りなす人間ドラマなんですよ。 ドラマでの事とはいえ出てくる話がことごとく僕から遠くって。なんか憧れちゃう、ポルセ濡れ濡れみたいな感じだったんですね。 劇中主人公が発するセリフ「アレン、お前は何もわかっていない」とか、言ってみたい。言ってみたいけど肝心のアレンがいないんですね。たぶん熊本にはアレンなんてひとりもいない。アレン日照り。これまでの人生にアレンがいなかったように、これからの人生にもゴンザレスはいないだろう。「ゴンザレス?長ぇな。お前、今日からゴンジーな」みたいなセリフをぶつ主人公に僕はなれないんだろうと思ったんですね。 もう僕は、この腐海で生きて行くしかない 蒼き衣を着た少女のような気持ちでこのドロリッチを生きていく決意をした僕だったんですが そんな僕の敬虔な決意を揺るがす文言がここ2日程、ラジオから流れてくるんですよ。 "光化学スモッグが発生しています。住民の皆様は注意してください" ここ最近はやたら熱くて。今日も余裕の真夏日だったんですが、熱くって、乾燥してて、風が吹かない日は光化学スモッグってのが起るんですね。空気中の窒素酸化物が強烈な紫外線に照らされるとモリっと発生するらしい。 僕のアレンはここにあった 僕のゴンジーは大気中をフワリと漂っていた いつか社会の教科書でみた光化学スモッグ、公害の一種なのかもしれないけど僕にとって、この牢獄で朝も昼も夜も変わらない世界を観測することで生とする僕にとっては、これは天佑だと考えたんですね。 この光化学スモッグをヒタヒタに浴びてみたい いや、ヒタヒタに浴びなければならない この最先端を浴びて、ゴンザレスをゴンジーとするような世界を手に入れるんだ この唾棄すべき牢獄を脱して、スモッグというカタカナの祝福を浴びて僕はメインストリームに回帰するんだ だって、その世界では栗山千明と心ゆくまでマリオカートが出来るんだろう?それは、約束されているんだろう? 午前11時。僕は近所の河川敷をトコトコ走ったんです。 ラジオでは注意報が警報に。遠くの山々はもちろんのこと近くの鉄塔さえ霞む光化学スモッグにダイヴしてきたんですよ 5キロ位走ったんですが、すごくクシャミがでるんです。そんでもって鼻水が止まらないんですね。光化学スモッグすげぇ。鼻腔への刺激すげぇ。 僕らが憧れるメインストリームは傍目に常に熱いが、その実は危険が一杯、鼻水止まらないってハナシをするつもりだったんですが要は栗山千明に赤甲羅ぶつけられたいってハナシなんですよ。 |
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ラジオを聴けってのは新しいですね
ついでに山下達郎の歌も音声だけで楽しみたい今日この頃
あと、普段26Yスケジョかめさんへ〜相武紗季〜助六が人気を得るためには僕のような、まるで腐った土のようなオッサンではなく、女性達の強い興味が必要だと感じたんですね。なんとか無双に出てくるイケメン武将を褒めるように助六ポルセリーナ