あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
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コトバ、オドル(ヤキニクトヘイワ)
2013-02-24 Sun 18:26
"焼肉の 責の重さを 思い知る"

ものすごい田舎にある焼肉屋に掲げてあった「焼肉を通じて世界平和を達成したい」という宣伝文句を見て思いついたもの。

「焼肉を通じて世界平和に"貢献"したい」ではなくて、「焼肉を通じて世界平和を"達成"したい」のである。世界平和の為のささやかな一助ではなく、焼肉は店主によって今、世界平和達成の為の重要な鍵へと進化したのである。

人はただ安穏として焼肉を食べていていいのか?薫り立つタンの向うで店主は僕らに何を求めるのだろう?
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コトバ、オドル(マトマッテイク)
2012-11-28 Wed 21:17
"交番を 壊すつもりで 突っ込んだ"

"この先は 右折進入 出来ません"

上のは、先日起きた、交番に乗用車が突っ込んだニュース映像に添えられていたテロップ。下のは、山鹿市にある電器店の駐車場に立ってる看板に書いてあったもの。どちらも立派に五・七・五。
五・七・五となるよう意図して書かれたものなのか?

「自然にそうなったものに人間が意味を見出した」んだと思う。寄せ返す波が砂浜に描いた模様を美しいと思うように、風が砂上を巡って描いた風紋に人が悠久の歴史を感じるように。言葉は、放っておくと自然と五・七・五にまとまって、僕らはそれに意味を感じるんだな、などと思う。
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コトバ、オドル(ハゲトボクノアイダニ)
2012-11-14 Wed 21:30
"あの人は 禿げてるけれど 脚長い"

停留所で路面電車を待つ男性を見て、ふと思いついた一句。まぁ、見たそのまんまなのだが、若い頃の僕が同じ男性を見たとしたらどうだろう?

"あの人は 禿げてるくせに 脚長い"
嘲り、謗り、妬み、嫉み。それら負の感情一切合財寄り合わせてこう詠んだに違いない。

「くせに」を「けれど」とするのに、「けれど」の三文字を以って男性を慮り、男性の良い所を探そうとする姿勢を句に帯びさせるのに随分長く時間が掛かってしまったような気がする。

あと20年後に同じような男性を見たとして、その時僕は一体どんな句を詠むのだろう?
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コトバ、オドル(オドッテナイ)
2012-11-06 Tue 21:34
"霜月の 到り告げしは 温便座"

草木が枯れ、海川が灰色に染まり、キンと張り詰める空気を頬に感じることが冬の到来を告げるという時代はいつか、そう遠くない未来に終ってしまって。例えば、便座の温み。僕らはそれをもって冬の訪れを知るようになるのかもしれない。人間の営みと自然の移ろいは、お互い遠くなってしまったようで、実は案外近しいものなんだと思う。
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