あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | top↑
レッサーパンダと青い珊瑚礁、ブルックシールズの尻をペーッフ!と叩くことについて
2011-08-18 Thu 22:33
その日は休日だったんですが、僕と後輩の二人は出勤して顧客対応を行っていたんです。午前中一杯で対応業務にひと段落ついたもんですから、僕は会社にある休憩室でテレビを見てたんですね。適当に押したリモコンスイッチの先には、レッサーパンダっているじゃないですか?あの愛くるしい容姿をした茶色。彼らレッサーパンダの生態を紹介する番組が流れていたんですね。

僕はこういった生物の生態を紹介する番組に対して非常にオープンなんですね。ダーウィンが来た!なんぞを正座してがっつり観たりする。僕が節目節目に絶対の自信を持って放つ乾坤一擲のアメリカンジョーク「NHKで"エビの一生"というエビの生態の紹介をする番組を観てて、番組が終って次に流れて来たのが"今日の晩ご飯"という料理番組で、献立がエビフライだった。ここまでがエビの一生だった」という。こうして文字にすれば冗長で全く面白くないけど実際ライブで見れば全然違うから!これの派生で「カキ(牡蠣)の一生」ってのもあるから!と半泣きで主張するこれらも動物の生態番組あってこそのモノなんです。

画面ではレッサーパンダが縦横無尽に、こう、すごいんですね。ちょっと前に評判になったレッサーパンダの風太っていたじゃないですか?二本足で立つ姿が評判になったヤツ。レッサーパンダが立つのは理由があって、レッサーパンダは竹の葉を食べるんですが、高い所に生えている葉の方が若い芽で柔らかくおいしいそうなんですね。高い葉っぱに届くように立つようになったらしい。また、四つんばいでいるより立った方が広く周りを見回せる。敵を発見し易いから立つらしいんですね。時間が経つのも忘れて僕は番組に見入っていた、いや、決してレッサーなどではない彼らに魅入られ始めていたんですね。

僕とレッサーパンダが描く螺旋を乱すように、同じく業務にメドをつけた後輩が休憩室に不意に入って来たんです。
僕は、後輩が入ってくるや否やテレビのチャンネルを変えたんですね。変えた先の番組がなんであったか忘れてしまったんですが、当たり障りの無いであろう他の、おそらくは無価値な何かに、確かに変えた。

何故チャンネルを変えたのか?ちゃんと理由があって。
家族で「青い珊瑚礁」なんぞの洋画を予備知識も持たず観ていたら、まっぱで泳ぐ男女がツルッと流れたりして茶の間が微妙な空気になったりするじゃないですか?お母さんが用も無くいそいそと台所へ行ってみたり、お父さんが吸い終わったばかりのタバコにまた火をつけてみたり。震える手でタバコに火をつけたお父さんが子供達に就寝の時間であることを断固たる覚悟で伝えた、あの日の空気。後輩が入ってきた休憩室で僕はそれと同じ空気を感じたんですね。

「人間関係の悩み」が自殺の原因に占める割合は大きくって。
僕は自殺する人の気持ちはわかりませんが、人間関係に悩む人の気持ちはわかるんです。
人と接する度にまるで石鹸が小さくなるようにココロが擦り減っていく。
もうすっかりココロが擦り減ってしまって、死を選ぶ人もあるでしょう。

お父さんがチャンネルを変えたのも、僕がチャンネルを変えたのも同じ理由で、「濃密な人間関係に対する恐れ」だと思うんですね。
ココロがガリガリと擦り減っていく。得られるものも大きいでしょうがリスクも大きい、深く濃い人間関係。

"家族で笑いながら青い珊瑚礁を鑑賞できる"という状態は人間関係というモノのある意味での最高到達点だと思うんですね。画面狭しと展開される尻ペタをペーッフ!と打ち叩かんばかりの勢いで家族一同テレビの前から離れないようになるには一体どれだけの時間とどれだけの相互理解を積み重ねればその頂に届くのか?どれだけココロが擦り減るのか?お父さんはこれから上る山の高さに恐怖した。

"後輩と二人でレッサーパンダの番組を鑑賞する"
後輩と僕がこれから先相互に理解し合うようになるとして、このレッサーパンダの番組が引き金になるとしたら?もしかしたらレッサーパンダの番組を観ないほうがお互いにとって楽なんじゃないのか?無機的な何か別の番組、海苔の一生あたりの文字通り無機的な番組でいいんじゃないか?僕は深き山のふもとにうっかり足を踏み入れたとして恐怖した。

人間は一人じゃ生きられない♪という無邪気な掛け声の裏側に何がありますか?
一人で生きるつもりがないのなら、レッサーパンダの番組ひとつ他人と観ることできない未来があり得ることを覚悟する必要があるんですね。
スポンサーサイト
別窓 | 本当はこんな話、したくはないんだ。 | コメント:4 | トラックバック:0 | top↑
ミニモミ。FUCKだピョン!
2008-09-14 Sun 20:56
先日ニュースを聞いて知ったんですが、モノにはなんで重さがあるのか?実はイマイチわかってなかったらしいんですね。重力の作用するメカニズムはモリモリわかってるくせに重力そのものがどこから来るのか?わかってなかったらしい。重力の素だと考えられているヒッグス粒子ってのを探すためにスイスに巨大な実験施設をこさえたそうです。

このニュースを聞いて僕は、ああスイス人は水くせぇなぁと。わかんないならわかんないと僕にだけコッソリ言ってくれりゃ良かったのにと思ったんですね。実験施設をこさえるのに5000億もかかったらしい。

山の手線ほどの長さがある筒でドーナツ状の輪っかを造って、筒の中でつぶつぶ同士を猛スピードでゴッシーンとぶつける実験施設らしい。ぶつけた先のゴリっと出てきたシャイなつぶの野郎がヒッグスつぶらしい。なんでもかんでも山の手線と東京ドームで喩えやがって。東京には空がない。

まぁ、そんなこんなでスイス人は5000億も払う前に重力の素について僕に訊くべきだったと。およそ重力の素という範疇においては、その胸毛だらけのチャールズブロンソンみたいな裸で素粒子よろしく僕にバッシーンとぶつかって来なさいよと。そして二人で手に手をとってフレディマーキュリーよろしくパンチの効いたサウナに行けばいいじゃない?と、僕は思ったんですね。

重力の根源を知りたがる全てのスイス人に捧げる僕からの解答は

重力の素=ミニモミ。FUCKだピョン!

なんですね。

あ、もう一回申し上げた方がよろしいかしら?こぉんの!おねだり胸毛が!よろしい、ここで僕が何度でもいいましょう。

重力の素=ミニモミ。FUCKだピョン!

なんですよ。



空気を高温で燃焼させると窒素酸化物(NOx)という物質が生成されるんですよね。このNOxってのは人体に有害な物質らしくって、僕が仕事で扱うトラックのエンジンからモリモリと発生している物質なんですね。で、そのNOxについてネットでいろいろと調べていたらいつのまにか、いつのまにやら

ミニモミ。FUCKだピョン!

というアダルトヴィデオのタイトルらしい言葉に辿りついたんですよ。

ここで辿り付いた文言が普通のタイトル、例えば"女教師~黄昏ハードパンチャー~"とかだったら僕も何も言いませんよ。黄昏ですもんね。窒素酸化物が派生していった結果としてアリだと思うんですね。でも、ミニモミ。FUCKだピョン!ですよ?窒素のチの字も出てこない。おまけに、語尾がピョン!ですよ?どうでしょうみなさん?日常会話で語尾をピョン!としたことがありますか?「あ、シュワルナゼ外相だピョン!」とか、おっしゃったことがありますか?ないですよね?

始まりは確かに窒素酸化物だった。進んだ先、事象の終着には何故かミニモニ。FUCKだピョン!と記されていた。
これっておかしいですよね?僕のキー捌きに拠らない何かが働いたとしか思えないですよね?
ミニモミ。FUCKだピョン!はそれ自体が重力を発生させている、すべてを引きつける根源だと判断せざるを得ない。

時に言葉は重みを持つ。それは恩師の教えであったり、家族の励ましの言葉であったり。愛する人の囁きであったり。

でも、ミニモミ。FUCKだピョン!は言葉の重みを超えた、それ自体が重力の発生を司る大地の力の象徴だと思うんですよね。
別窓 | 本当はこんな話、したくはないんだ。 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
色欲~luxuria~
2008-08-16 Sat 00:25
いつのモナコGPだったか忘れてしまいましたが、まだセナやマンセルが走ってた頃のことですからとにかくずうっと前の話。レース終盤、首位で周回を重ねるセナに2位を走っていたマンセルがものすごい勢いで迫ってきたんですね。ヌーベル・シケインでは首位のセナに追突しそうになりながら、マンセルが後ろからグングン差を詰めてくる。実況のアナウンサーが叫びます。「マンセルはもう、どこからでも抜ける!」

なんかの雑誌で読んだ覚えがあるんですが、男ってのは「30分に一回はいやらしいコトを考える生き物」らしいんですよ。普段は聖人君子のようなあの人も「俺って性人クン○だったりしてグヘヘ」などと考えているでしょうし、ネクストバッターズサークルでマスコットバットを振る人も「俺のマスコットバットも打順待ちだぜグヘヘ」なんぞ考えたりするものなのです。

学生時代のあだ名が「熊本のエマニュエル夫人」だった僕から言わせれば色欲大いに結構、なんですね。そうやって人間は増えてきたわけです。セミが夏に鳴くのも孔雀の羽根が美しいのも性人○ンニも、意味合いとしては同じなんですね。

僕はたまにプールでチャプチャプと泳ぐことがありまして。今まで使ってたゴーグルのゴムが切れたんですよ。新しいのを買いにお店に行ったんですね。ゴーグル売り場に着きどれにしようかねと選びにかかったんですが、明らかにゴーグルではないオブジェクトがゴーグル棚にぶら下がっている。

女性用のスイムパットだったんですね。

正確にいえばゴーグルを真剣に選びつつ沢ガニのように横歩きする過程で僕は、隣の女性用水泳用具棚まで移動していたんですね。気がつけばまわりは乳にあてがう新素材で満ち満ちていた。

ここで約束された30分に棲む蛇達が、かま首をもたげました。
「ポルセ!揉め!揉んじまえよ!その胸パットを!」
「そうさポルセ!揉んで素材の質感が適当であるか否か?君が決めるんだ!」
「ポルセ!これは事故なんだ!君がパットを揉んで、あるいはパッドをレジに持ち込んでも、それは罪ではないんだ!」

前述のモナコGP。首位のセナに肉迫したマンセルですが、ついにセナを抜く事はできなかったんですね。
ギリギリのところまで追い詰めながらマンセルは、ついにセナを抜く事はなかった。
モナコGPが行われる市街地サーキットは狭くって、無理に抜こうとすると事故を起こすんですね。

女性用の水泳用品コーナーに迷い込み、30分に棲む蛇に囲まれても僕は、女性用の胸パットをフニフニフニフニと揉まなかったんですね。
僕は、見事踏みとどまった、色欲に支配されることはなかったんですね。

マンセルはセナをギリギリまで追い詰めたが結局抜けなかったコトのように、無理して抜けば事故になる。
無理して揉めば屈強な店長が力づくで嫌がる僕の目のまわりにエアーサロンパスを塗りたくるでしょう。

色欲は抱けるうちが華で、実際成就されるべきではないコトの方が多い。
マンセルが抜かなかったように、僕らも抜かないコトの方が多いと思うんですよ。いろんな意味で。
別窓 | 本当はこんな話、したくはないんだ。 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
傲慢~superbia~
2008-08-07 Thu 06:00
熟(つらつら)監(かんがみ)るに、銭湯ほど捷径(ちかみち)の教諭なるはなし。其故如何となれば、賢愚邪正貧福貴賤、湯を浴んとて裸形(はだか)になるは、天地自然の道理、釈迦も孔子も於三(おさん)も権助も、産れたまゝの容(すがた)にて、惜い欲いも西の海、さらりと無欲の形なり。

欲垢と梵悩と洗清(あらひきよ)めて浄湯を浴れば、旦那さまも折助も、孰(どれ)が孰(どれ)やら一般(をなじ)裸体(はだかみ)。

されば仏嫌(ほとけぎらひ)の老人も風呂へ入れば吾しらず念仏をまうし、色好(いろごのみ)の壮夫(わかいもの)も裸になれば前をおさへて己から恥を知り、猛き武士(ものゝふ)の頸(あたま)から湯をかけられても、人込じやと堪忍をまもり、目に見えぬ鬼神(おにかみ)を隻腕(かたうで)に雕(ゑり)たる侠客、御免なさいと石榴口(ざくろぐち)に屈(かゞむ)むは銭湯の徳ならずや。

(式亭三馬"浮世風呂より抜粋")

傲慢さってのは身に着けた服みたいなもんで。お侍さんもならず者も裸になってしまえば皆同じ、なんですね。

学生時代のあだ名が"控え目なシマウマ"だったことからわかるように、普段は"傲慢"の反対語である"謙虚"の象徴である僕なんですが。コンビニではちよっと傲慢な態度をとってみせたりするんですよね。

コンビニのカウンター脇には、募金箱が設けてあるじゃないですか。
僕もたまに小銭を募金するんですが、その募金のやり方がなんとも横柄なんですね。まるで小銭を投げつけるように放る。大した金額でもないのにとんだビルゲイツ気取りなんですね。

先日のこと。レジで精算を済ませ、小銭がお釣りとしてやって来ようとしている気配をミリミリと感じていた僕は、さてさて募金でもしようかねと思ったんですね。でも、自分で放るのが面倒くさいもんですから募金箱をコツコツと指で叩き、レジの女性に「(ここに)募金しといて」みたいな感じでレジを後にしたんですね。もはや自分の手で放ることさえしなかったんですね。

さすがに反省しました。あまりにも傲慢過ぎるだろうと。
釈明したい思ったんですね。レジの女性(遠藤久美子似)と、その先にある砂漠に植えられる木々に。

僕が普段はいかに謙虚な人間であるか
その時の僕が本当の僕ではないことを証明したかった

レジの女性の前で服を全て脱ぎさりたい
傲慢という名の衣を脱ぎさった、本当の僕をレジの女性に見て欲しい

いや、ただ服を脱いだだけでは僕の謙虚さを証明することはできない。傲慢という衣を脱いで裸になったとしても、それ即ち謙虚であることにはならない。傲慢と謙虚の間の、ニュートラルな状態であるとしか見なされない。

傲慢から謙虚へ印象を反転させる為には、強い加速をつけなければならない。裸以上のモノを見せなければならない。

もっとも恥ずかしいカタチでチンチンを隠すんだ

僕の股間に着いている、グラディウスで例えればビッグバイパーを尻側からひん握り、オプションの球体二つもろとも尻側へ移動させフトモモで挟んで、ちょっとしたサンタフェみたいな感じで、ポルセついにヘア解禁!みたいな感じで彼女の前に立つのはどうだろう?

ただの裸以上にまっさらな僕を見せる、否、魅せることによって僕がいかに謙虚な人間であるかを遠藤久美子にわかってもらうんだ。

なんてコトを考えたんですね。

なんか哀しくなってきた、というか、よくよく読んでみれば性犯罪日記みたくなってきたんでもう止めますが、傲慢なのは止めた方がいいですねって話なんですよ。
別窓 | 本当はこんな話、したくはないんだ。 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
ノイズ2
2008-06-17 Tue 22:50
~自動販売機等にある釣り銭返却口をまさぐる行為と、女子高生に対する痴漢行為。二つの行為が図形で表現できると仮定して、二者が相似であることを僕は断じて認めてはいけないと思った~

出先で書類をコピーしなくちゃならなくなりまして。コンビニに行ったんですね。(あ、ここ最近コンビニに行ったハナシしか書いてないですね。実際そうなんですねどね。ほら、ここで"ディズニーシーに行きました!"とかだったら、なんか、違うじゃないですか?そんなの僕じゃないじゃないですか?ディズニーシーと僕とのアンバランスを矯正するためには"ディズニーシーでメバルを観ました!"あたりのウソを更に重ねなくちゃならなくなるじゃないですか?)

コピー機の横にある、もはや命令口調でさえなくただ「硬貨」のイラストだけが描かれた灰色にお金を放り、コピーをスタートさせたんですね。
~彼ら灰色が持つ一種のふてぶてしさは女子高生のそれに相通じるモノがあることに気付く僕の、多分に湿り気を帯び偏った思考こそがこの世のどのような悪より先に罰せられるべきだと思った~

放った硬貨は50円玉。最近めっきり単独で活躍することが無くなった彼に活躍の場を与えたんですね。僕が小学生の頃はアイスクリーム50円でしたからね。(任天堂が花札しか作ってなかった時代のこと)
~財布には10円玉がちらほら入っていたことも、コピーするのは1枚だけでよかったことも全て湿り気を帯びた思考に押し遣られ。返却口をまさぐる行為を予定した結果の50円玉だったのかもしれない。返却口をまさぐる必要を探したのかもしれない~

コピー機がウィンウィンと10円分の仕事をこなし、ふてぶてしい灰色に10円が吸い込まれ残高が40円になるのを、花が散るのを眺めるような気分で愛でていたんですね。
~そう、愛でるだけでよかった。まさぐる必要なんて、なかったんだ~

花があっという間に散るようにコピーは終わり、残った硬貨を灰色から還すべく、灰色に付いている突起(あの、出入りする銀筒)をグリグリと押し込みました。~何度も何度もストロークせしめた銀色の筒に僕は何を暗示させようとしたんだろうか?~

40円はコトンコトンと返却口に帰り。僕は返却口のフタを開け、中から硬貨を取りだそうとしたんですね。
~そう、息を潜めて硬貨だけを取りだすんだ。そして、必要な4枚を掴んだら踵を返して店を出ればよい。ただ、出ればよい~

掌中に、確かに4枚の銅貨の感触を得たんですが、僕は何故か更なる銅貨を目指して返却口をまさぐったんですね。
~上も、横も下も、全て何度も、何度もまさぐった。返却口をまさぐった後の未来に何があるか?その時はまったく考えもしないで~

ああ。僕は何故あんなにもまさぐってしまったのか?
~痴漢さ、それは~

頭がボーッしていたのかしら?
~その言い訳は、やめておいた方がいい。なんでもボーッしていれば赦されると思っている、他者からそう見做される自分を客観してみろ~

まぁ、いい歳こいて返却口に夢を求めちゃダメだってことなんですよ。
~そう。夢は夢のままで~
別窓 | 本当はこんな話、したくはないんだ。 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
| あばれはちまん | NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。