あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
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エロ本の涙
2012-01-09 Mon 19:25
エロ本に死があるとしてそれを、日の当たる道を真っ当に進んできた皆さん、例えば成人式に際しては同級生と晴れ着姿でしゃなりしゃなりと参加してきたような充ちた人生を過ごしてきた皆さんにしっくりと理解できるように説明するとして、そうですね、エロ本が死んで死後の世界に向かう様子は、紅の豚って映画があったじゃないですか?作中豚の姿になる前の主人公は雲の更に上を飛ぶ無数の飛行機を、敵の飛行機も味方のそれも同じ方向に音も無く飛んでいく不思議な光景を目にするというシーンが描かれていて、ご存知の方はそれを思い浮かべてほんの少しの工夫、複葉の飛行機を単葉のエロ本に置き換えていただければいいと思うんですが。まぁとにかく無機的なエロ本には有機的な死があると思うんです。

エロ本が死を迎えて、彼女(エロ本の性別は余程のことがない限り女性)の魂は雲上を進むんですが、実体は河川敷なんかで哀れ野ざらし、有機の体が腐敗していくかのように色褪せていくわけです。そんなエロ本の最後を看取ることが昔は沢山あったんですね。僕は、死んでしまったエロ本は「閉じて」置くべきだ、と思っていたんですね。例えばページを開いてエロ本が天を仰ぎ見るように置くとして、それはそれで「死してなお、シュートで終わりたい」という超攻撃的な、敵に背中は見せねぇぞというもののふの意地みたいなモノが感じられてそれはそれでいいんですが、なんかバタ臭いじゃないですか?月が静かに欠けていくようにエロ本は最後には閉じて終るべきだと思っていたんですね。

でも、成人式から18年も経ってしまったようなこんな歳になって、そもそも成人式に行ってない、成人のお祝いがバイト先のアル中の主人から貰った「カステラ」だったような(なんらの工夫、例えばロウソクが20本挿してあるといった装飾などが一切施してない黄色の素カステラでした)僕は思うんですね。「エロ本の最後って、閉じて終るべきなのかな?」

年を経て、少しはわかるようになったのかな、「閉じて置く」ってのはエロ本の最後として相応しくないんですね。
エロ本は最後には「ページを開いた状態で伏せて」置かれるべきだと思うんです。読み掛けの本をテーブルの上に置くように、今にも再開されるように開いた状態で伏せて置かれるのがエロ本の為だと思うんです。

それは、今や魂ばくとなった彼女が雲の上を進むに、易く翼を広げていくため
それは、彼女の美しい顔が流す涙で濡れてしまわないため
エロ本は、そのエロ本の中で一番の美しい姿を、キラーショットを開いた状態で伏せて置かれるべきだと考えるに至ったんですね。エロ本には人間のように死があって、最後の時に彼女達は人間のように涙を流すんだと思うんです。

彼女の長い睫に涙が光る
僕は彼女の細い肩をそっと抱き寄せる
川面を赤く照らしている夕焼けはやがて青い月と入れ替わるだろう
僕らの、別離の時はそこまで迫っている
泣かないで、ほら、君はこんなに美しい
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ドライブスルーの怒り
2012-01-05 Thu 22:10
20年前の工藤静香みたいなパーマをかけ、ナイトガウンを羽織ってバージニアスリムを燻らせている昭和ホステスのような見方で世間を眺めている僕からすれば、もう、ちょっとやそっとの出来事じゃ驚かないんですね。何があってもタチの悪い後出しの預言者のように「ほらね。いったじゃない」と。女性セブンから顔を上げることもない、そんな僕なんですが。先日ちょっと声を荒げる場面があったんですね。

12月の或る、あれはカモメのような日のことだったんですが。クルマで走っていましたらドライブスルーを見かけたんですよ。そのドライブスルーってのが「ちゃんぽんのドライブスルー」だったんです。驚くとともに僕は思わす声を荒げたんですね。昭和ホステスのように冷めた目、何に対してもオープンな僕です。当然変わったドライブスルー歴のひとつやふたつ備えている訳です。僕の中を通り過ぎていったドライブスルーとして、そうですね、結婚式をドライブスルーですませるというハナシを聞いたことがありますね。また、僕が仕事で担当している地域には、今ではあまり見かけなくなってしまったんですがカメラのフィルムってあるじゃないですか?あれをモチーフにしたドライブスルーがあるんですよ。カメラフィルムを模した建物を造ってそこを以ってドライブスルーとしてあるんですが、そのドライブスルーでやり取りされる品物がクリーニングの衣類という。あの迷宮のような禅問答のようなドライブスルーをみて、それでも何とも思わなかった僕がですよ、なぜちゃんぽんのドライブスルーを見て声を荒げなけらばならなかったのか?ハンバーガーショップのドライブスルーで選択できた商品がちゃんぽんだったのならばいざ知らず、ちゃんぽん屋に併設されていたちゃんぽんドライブスルー、ドライブスルーとして至極安定していた彼らを見てなぜ涙を流さなければならなかったのか?

「ちゃんと、座って、食べろ!」

自動車という揺れる小船でちゃんぽんという汁物を食べるという悪魔の選択を可能にしたちゃんぽんドライブスルー。一刻一秒を争いちゃんぽんを手に入れなければならなかった彼らちゃんぽんドライブスルーバーの拙速感に27クラブの残像を重ねて僕は思わず「ちゃんと座って食べなさいよ」と声を荒げたんですね。そんなに慌てて人はちゃんぽんを食べなければならないのか?なぜ店内の席でごくありふれたちゃんぽん風景、例えばこしょう缶のこしょうの出のアンニュイさに憤ってみたり、例えば「おおっ!この海鮮ちゃんぽんに入っているイカ、でっかいな!」と驚嘆して頬張った白い柱がイカじゃなくってキャベツの芯だった、といった普通のちゃんぽなーを演じることができなかったのか?あなた方は27歳で死ななけらばならなかったのか?もっと緩やかで穏やかな「ちゃんと」はなかったのか?

「じゃあ、お前がいう"ちゃんと"って。一体何なんだよ?」
「車内でちゃんぽんを食べるのは"ちゃんと"してないのか?店内でちゃんぽんを普通に食べるのは"ちゃんと"してるのか?」

僕が考える、そしておそらくみんなも遠からずそう感じるであろう「ちゃんと」の基準が土台から崩されようとしている。ちゃんぽんドライブスルーは僕が経てきた決まりを、規範を道徳を世俗を平凡をありきたりを白組がかぶる白帽子を全て否定している気がしたんですね。僕は自分の「ちゃんと」の基準が「ちゃんとだと思っていた品物から否定される」ことにより思い知ったんですね。

もっと寛容に、ちゃんぽんドライブズルーを受け容れることができたハズ
己が価値観を一方的に押し付けないで、もっと色とりどりの価値を理解し合うことが出来たハズ
どうしてそうしなかったのか?

人類最後の時は人間によってもたられ、最後の時にちゃんぽんドライブスルーは朱色の怒気を帯びて手遅れな僕達にそう話し掛けると思うんです。
ちゃんぽんドライブスルーは天が遣わした神の御使い、だと思うんですよね。
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ジャージの夢
2011-12-23 Fri 20:23
先日のこと、犬と散歩する女性を見たんです。年の頃は10代後半といったところでしょうか?彼女は黒のジャージを召していたんですね。腰のゴムのところに入れられたピンクのラインでジャージは主と同じ性別を得ているようでした。夕暮れの歩道をワンワンと共に歩むそのジャージ姿の女性を、多分に湿り気を帯びた視線、雨上りのあぜ道のようにヌタッとした視線で追いながら僕は考えたんですね。「ジャージって、なんで沢山の種類があるんだろう?」

いや、師走の忙しい最中に恐縮ですけどね、みなさん目を閉じて、今まで着てきたジャージのことを思い返してみましょうよ。一体何着のジャージをくぐり抜け現在の皆さんはあるのでしょうか?10や20のジャージ数ではないハズです。そんなプレンティフルなジャージ遍歴の中で同じ柄をカブって買ったことってありますか?じゃあ今度は目を開いて辺りを見回してみましょうよ、ほら、あの男性もその先の女性もジャージを召している。そんな彼らが同じ柄のジャージを着ているのを見掛けることがありますか?なかなか無いと思うんですよね。学校の体操服や、何らかのグループでのユニフォームいう条件を与えられない、いわばフリーのジャージのデザインの豊富さには理由があると思うんですね。

ジャージは、自分自身でデザインを変化させている

こうでなければ説明できないと思うんです。夜毎にタンスの中でこっそりと自身を貫く濃青ラインを薄青のラインに変えてみたり。あるいは日毎にもっと大胆に、バッグの中で赤のラインを白色のラインに変えてみたり。もはやデザイナー等人の手を借りないで自分で変化していると考えるほうが前述ジャージデザインの豊富さをうまく説明できると思うんです。昆虫の種類って100万種類位あるそうなんですよ。これって人の介在が無かったからだと思うんですよね。自然のまま勝手に増えていったんだと思うんです。それと同じで、人のデザインを経ないことによって、ジャージはこんなにも種類が豊富になったんだと思うんです。

眠気覚ましに公園のトイレで顔を洗うことがあるんです。曇った鏡の湿気を手で拭き取り、自分の顔を見るんですが、なるほど酷い顔をしているんですね。でもですね、元からそうだったのかもしれないし、元々はどうだったのか?実はうまく思い出せない、なんてコトがあるんです。どんな顔が鏡に映れば正解なのか?わからなくなって少し怖くなるんですね。「俺って、元はどんなだったっけ?」

もしかしたら正解はないのかもしれない。
いつまでも問われ続けて、いつもでも答えていかなければならないクイズのようなもの。

ジャージは何故あんなにたくさんの種類があるのか?
ジャージは何故あんなに種類を増やさなくてはならなかったのか?

ジャージの夢は元々あったカタチを捨て続け、永遠に変わり続けることだと思うんですね。あるべき正解を持たないで人のあるところに、人のある限り人の数だけ変化を繰り返すことだと思うんです。ジャージは日毎夜毎、僕らが知らない間に命懸けで次ぎへ次ぎへと飛躍しているんだと思うんですね。その結果ジャージはあんなに沢山の、60億通りものデザインを手に入れたんだと思いますし、60億通りのデザインが成立した理由は「自分で変わっていったんだよ」とするのが最も簡明だと思うんですね。
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ポルセ・ジャイアントシリーズ終了のお知らせ
2007-11-20 Tue 21:18
みなさまのお陰で無事にジャイアントシリーズを終えることができました。

開催した当初はお題が集まらないんじゃないかと心配したんですが、今回もたくさんのお題を頂戴することができました。「…しょうがない。ここはひとつ、僕の完熟ボデーを賞品に…」と考えたんですが、これがまた驚くほど需要がなくって。何故か三原順子のヌード写真集のことを思いだしました。

お題を出して下さった方々、読んで下さった方々には本当に感謝しています。ありがとうございました。次回からは通常営業になりますぜ。また、ダラダラと続けていきたいと思います。
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月光
2007-11-18 Sun 23:31
美津子は、今年からある地方の中学校に赴任した新米の音楽教師だ。
小さい頃からの夢だった音楽の教師となり、自分が感じてきた音楽の良さを生徒達に伝えたい、そんな理想を描いてその中学にやってきた。

過疎の進む地方の町にある、日本のどこにでもある普通の中学校だった。美津子は普通の学校にある普通の音楽教室で、翌週に生徒たちに課すテストの準備をしていた。

「君達のやっている事は音楽ではなく、音学だ。」

いつかテレビドラマで観た俳優(国広富之だったか?)のセリフを美津子は独り呟いた。音楽にテストは必要なのだろうか?美津子は理想と現実の狭間にいた。

気晴らしに音楽室にあるピアノの前に腰掛ける。鍵盤に指をかけ演奏を始めた。ショパンの練習曲第7番。卒業試験の為にさんざん弾いて練習した曲だった。聴くのも嫌なはずなのに、指が勝手に動いた。

途中まで弾いて、弾くのを止めた。椅子にもたれて背伸びをし、音楽室を見廻した。部屋を取り囲むようにクラシック音楽の作曲家達の肖像が掲げられている。

ベートーヴェンの肖像画に目が止まった。肖像画に画鋲が刺してある。
「しょうがない悪戯ね」美津子は苦笑いした。悪戯には大して怒りはしない。美津子自身も中学の頃、社会の教科書にあった孫文の写真に「荒井注」と書いて先生に叱られたものだ。学ぶことに本流と傍流があるとしたら、この手の悪戯は傍流に値し、傍流なくして本流はない。ベートーヴェンの肖像に画鋲を刺し生徒は、ベートーヴェンのことを終生忘れないだろう。画鋲がベートーヴェンの素晴らしさに気付くきっかけだった可能性だってある。

椅子をベートーヴェンの肖像の下に動かして、画鋲を取り払おうとした美津子は、あることに気付いた。
「画鋲の数が多過ぎるわ」
肖像画に刺される画鋲の数は多くて2つ。それも目の部分。そんな美津子の法則を無視するように画鋲は「14個」も刺されていた。それも、肖像画の片隅に、数え易いようわかり易いように並べて刺されていた。

「…14個。…14。ベートーヴェンの14。」
「ベートーヴェンのピアノソナタ14番、月光」
ベートーヴェンが年の離れた恋人の為に作った曲「月光」

「まさか、ね。」
画鋲が開けた14個の穴が自身に向けられたほのかな恋心を帯びている気がして美津子は気恥ずかしいような、嬉しいような悲しいような不思議な気分になった。

美津子はピアノの椅子に再び腰掛け、ショパンの練習曲を弾いた。
ショパンの練習曲第7番「別れの曲」、今度は最後まで演奏した。卒業試験の時より上手く弾けたように思えた。
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