あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
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神の計画
2007-07-30 Mon 23:25
のっけから下品な話で恐縮なんですが、アダルトビデオってあるじゃないですか。男性の方ならわかると思うんですが、「アダルトビデオは最後まで観ない」もんじゃないですか。「その日の分(その日の分?)を終えたら、そこで停める」じゃないですか。ひと仕事終えてなお鑑賞し続けることはない。

体はそれを受け付けない。
「それ以上性欲を満たしてはならない」というサイン、本能なんですね。

夏休みのラジオ番組の最高峰、"夏休み子供電話相談室"を聴いてたんですよ。何回か書きましたが、僕はこの番組を毎年楽しみにしてるんですね。

「かぶと虫はなぜ鳴かないんですか?」
お子がこのような質問をしてきたんですね。

先生が答えました。
「実は、かぶと虫も鳴くんです」

僕は、その答えを聞くやいなや、ラジオのスイッチを切ったんですね。答えの詳細を最後まで聞かなかった。

最後まで聞いてはいけない。体がそう判断したんですね。

「かぶと虫はなぜ鳴かないのか?」
こんな疑問を思い付くお子の、純粋で素朴な感性の光りに貫かれる。
そんな疑問を思い付かなくなった代わりに、僕の体をヒタヒタに満たすようになった汚れ。その汚れがいかに劣悪なものか?抱いた疑問の煌々とした光りに照らされ汚れの影は際立ち、厳しく断じられているような気になるんですね。

そんな断罪の天使の告発に対する答えが「かぶと虫も鳴く」

まさかの鳴きかぶと発言。

これ以上聞き続けたら僕はどうにかなってしまうと感じたんですね。
これ以上の満足、例えば「本当は字も書く」などの情報は僕にとってはアダルトビデオのエンドロールみたいなもんで。毒なんですね。体がどうにかなってしまう。


「夏休み子供電話相談室」
子らは断罪の角笛を吹き鳴らし、神は愛という名の毒を僕らに注ごうとする。聖書に記された、これは神の計画なんですね。
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かまぼこ板
2007-07-24 Tue 22:44
みなさんのお宅の壁に銃が立て掛けられているとしたらどう思うでしょうか?何か悪い事が起きる(或いはもう起こっている)として、不安に思うのが普通だと思うんですね。

じゃあ、かまぼこ板が台所の壁に立て掛けられていたとしたら?
みなさんは何とも思わないでしょうね。「ああ。かまぼこの板だね」で終わり。或いは一切の興味を示さず前を横切り、冷凍庫の中をあさり、パピコなんぞを捻るのでしょう。クイッと。

平和なんですね。そのかまぼこ板が何の為に壁に立て掛けられているのか?その先に潜む圧倒的な暴力、腐臭を放つ猛悪に気付かない。

ウチの台所の壁にですね、かまぼこ板が数枚、立て掛けられていたんですよ。

僕はそれを一瞥するや否や、身の凍るような恐怖をおぼえたんですね。
「このかまぼこ板は、僕を殺そうとしている」

立て掛けられていること即ち、乾燥させてるんですね。
かまぼこ板を乾燥させ、何か別の家庭用品に加工しようとしている。

迫りくる恐怖のなか僕は、それでも神の存在を信じ、立て掛けらていたかまぼこ板を手に取ったんですね。「捨てるつもりで置いておいたものが幾百の偶然の末、立ってしまったのかもしれない」その悪魔の印が偶然の産物、無機的な結果のいたずら、思い過ごしであることを心から願ったんですが。

そのかまぼこ板は、エッジの部分が綺麗に落とされて、丸みを帯びてたんですね。手にとることを前提にし、手にとり易いようある程度加工されている。母の正義が遂行されようとしている明確な証拠があったんですね。

立て掛けられ、乾燥させられ、しみったれたなんらかの家庭用品に加工されたかまぼこ板は僕の机の上に、静かにコトリと置かれようとしている。おそらくは「小物入れ」として。

ここまで読んで皆さんは「かまぼこ板程度で何をそんなに・・・。」とお感じだと思うんですね。「素敵じゃない!かまぼこ板の小物入れなんて!」なんぞお考えのマリー・アントワネットな方もおられると思います。

実際使ってみて欲しい。
あなた方はかまぼこ板より造られた小物入れに小物を放る度、ああ、こんなに仕事を頑張ってるのに小物入れはかまぼこ育ちだと悲しくなるでしょう。そんな事実を他人に知られたならば?どんな個人でも壊れてしまうでしょう。

忌むべき暴力は銃にのみもたらされるものではない。
暴力から遠く離れたものが僕らを蹂躙しようとしている。
僕らのまわりは暴力で満ちているんですよね。
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腐るならそれは元々鯛じゃない
2007-07-21 Sat 23:10
ものまねが得意な人っているじゃないですか。
誰でも知ってるような有名人、あるいは身近な人の仕草や喋り方を真似る彼らを見るだけで、何故か可笑しくなるもんです。

僕はものまねが得意ではないんですが、ひとつだけ「これは似てる!」と、自信を持ってるヤツがあるんですね。

「ソウルオリンピックの時の競泳のスタートの合図」なんですが。

文字で表現するのは大変難しい。文字にした時点で似てる度合いが6割程減るんですが、"チャーゲロ!ファッ!"なんですね。この"チャーゲロ!ファッ!"を僕が人ごみの中で発音すれば、まわりの人が何人か飛び込むんじゃないかと思うくらい似てると思うんですよ。自分では。


どうでしょうみなさん。夏になるにつれ、厳しくなってきてるんじゃないですか?「お宅のバナナの日持ち」が。

いや、いいんですよ。そんな安い果物なんぞ食しないと思われたいセレブなあなた方は、自宅にバナナがある事実をオープンにしたくはないんですよね。日本中の家庭はバナナでヒタヒタに満たされてるんですが、その事実は自ずから明らかになろうとはしない。人は、バナナなんて安い果物はなければいいと思いつつバナナを食べるもんなんですね。

で、ウチのバナナ達はですね。この季節になると冷蔵庫にしまわれるんですね。室温での保存じゃバナナは日持ちしない。

そしてバナナ達はいつしか忘れられ、冷蔵庫の中で黒くなって朽ちていく。
冷蔵庫にしまうだけで満足したんですね。大事にしたつもりだった。でもバナナは朽ちていった。

大事にしたいモノをただただ大事にしまうのは、つまりそのモノを腐らせてしまうということなんだ。

"チャーゲロ!ファッ!"という僕のものまねを、僕は人前で披露したことはないんですね。僕の中で大事にしまわれてきた。ソウルオリンピックから何年も披露されることはなかった。時は流れ、そのものまねが似てるかどうか誰もわからなくなった。

夏場のバナナは冷蔵庫に収納され、食されることなきまま腐っていく。
僕のモノマネは誰にも評価されないまま、価値を失くしていった。

「腐っても鯛」っていうじゃないですか。

「腐るなら元々それは鯛じゃない」ってのはどうでしょう。いつまでしまわれていても朽ちないものこそ真の価値がある。

大事にしまい、それを腐らせ間違いに気付き、もう一度探す。

いつか辿りつけるだろうか?決して朽ちないモノに。

メチャうける面白ものまねに。コンパとかで。女性に。
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パルック
2007-07-18 Wed 23:47
"夜間走行時、車のヘッドライトは上向き(ハイ・ビーム)が基本"らしいんですね。
ラジオのニュースで聞いたんですが。どこかの県で昨年起きた夜間の死亡事故(53件)の中で、ハイビームで走行し、視界をより遠くまで確保していれば防げた可能性のあるものが33件あったらしい。すれ違い前照灯(ロー・ビーム)は、あくまで他車とすれ違う時のみ使用し、通常走行はハイビームで走行した方がより遠くまで視界が確保でき、通行中の歩行者や自転車にいち早く気付くことができるんですね。

「なるほどね。今後はそうしようね。」そう思うと同時に僕は、聞いた話の本筋からすれば相当離れた「すれ違い前照灯」という傍らの言葉になんとも言えない寂しさというか、緊張感を覚えたんですね。

「僕らはいつまでたってもすれ違い、お互いがお互いの存在に緊張しあい一触即発。決して手を繋ぐことはない」
体は34歳。でも、でも心は12歳の僕です。感受性の強さはあの時のまま。すれ違いという文言にセンシティヴに反応したんですね。

「私達はいつの日かきっと、あの場所でお互いわかりあえる」
それを予感させる灯火の名称でなければならない、そう感じたんですね。

自宅の蛍光灯が球切れしたんですよ。
「男が頼まれる家事で、面倒なものランキング」というヤツがあるとしたら、「蛍光灯が切れたので取り替える」ってのは、上位に食い込んでくるんだと思うんですね。

「球が切れている状況の把握、現在装着されている形の確認、サイズをメモし、販売店にて購入、取り替え」

もっともスムーズに進んだ場合でも5工程。実際やるとすればその工程を妨げる要素、例えば「蛍光灯に手が届かない。梯子を探すが梯子が無い」やら「量販店にて買ったはいいが、何故か電池に目が行き、いらぬ電池を購入」やら「量販店の熱帯魚コーナーにて魚の鑑賞20分」やらで、男の蛍光灯取り替えには敵が多すぎるんですね。

端折ってくれたんですよ。
「球が切れてる→販売店にて購入→取り替え」
形の確認及びメモという工程をカットしてくれたんですね。「見た目の大きさ」を信じた。自分を信じた。

量販店につき、熱帯魚コーナーを軽く素通り。蛍光灯広場へまっしぐら…と洒落込みたかったんですが、広場の場所がわからない。店員さんに聞いたんですね。

「パルックはどこにあっとですかね?」
(日本語訳:パルックはどこに置いてありますか?)

製品の名前ひとつでその製品全体を括ってしまうこと、例えば「ヘッドフォンステレオ」全てを「ウォークマン」と言ってしまったり、テレビゲーム全般を「ファミコン」と表現してしまったり。常々そんな物言いの大人になりたくはないと思っていたのに。丸型蛍光灯全体を「パルック」というひとつの商品名で括ってしまった。何故なのか?

丸型蛍光灯という文言の、柔らかみの欠如

が、僕にそうさせたんだと思うんですね。丸いのに、自然の光りタイプもあるのに、語感が固い。店員と僕の間の緊張状態を少しでも緩めるためには「丸型蛍光灯」ではなく「パルック」でなければならなかったんですね。

そして、すれ違い前照灯という言葉が醸す寂しさ、緊張状態を取り除く為の答えは、もう僕の中にあったことに気付いたんですね。

「下げパルック」
これでいいと思うんですね。

自宅の蛍光灯は、僕が広場で買った30形ではなく32形だったんですね。僕は勝負に負けたんですが、不思議と心穏やかで。パルックが僕に教えてくれた博愛はそんな些事を覆ってしまうほど広くて、深かったんですよね。
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雨の日にカッパが選択されない理由
2007-07-15 Sun 22:51
友人と二人で昼飯を食べに行ったんですよ。

「あっさりとした昼食を二人で」というテーマの元、車でウロウロしたんですが。何故か二人は「ステーキ専門店」という看板が高々と掲げられていた駐車場にスルスルと、まるでアストンマーチンでも停めるかのように悠然とクルマを停めてくれたんですね。

悠然とクルマを停めた男爵二人。混雑する店内に入ったんですが、元々あっさり志向の強い男爵達は店内を漂うお肉様達のムワリとした脂香りでもうお腹一杯なんですね。ムニュを眺める姿も息絶え絶え。一番あっさりしていそうな「きのこハンバーグ」をオーダーしたんですよ。

男爵二人は同じきのこハンバーグを頼んだんですが、中々出来あがって来ないんですね。後から来た臨席のステーキはすぐ出て来たんですが、きのこハンバーグはなかなか出て来なかったんですね。店側もそのオーダーがあると予想していなかったかのような遅れっぷりだったんですね。

で、ようやく出て来たきのこハンバーグのメインであるきのこを、舐るように食らったんですが。中々出て来なかったきのこをねぶりつつ僕は、何故か「雨の日にカッパを着ない理由」を考えついたんですね。

雨の降る日にカッパを着るのは、いわば「抗戦」なんですね。少しの雨水の進入も許さない、抗う意志の明示なんだと思うんですよ。でも、最近カッパを着る人ってのをパッタリ見ないんですね。確実に減ってると思うんですよ。"man in the カッパ"という状態の人は。どうでしょう?最近カッパを着たことがありますか?カッパを着る人は少なくなったと思うんです。殆どの人は傘で済ます。雨水の進入を緩やかに受け容れているんですね。

ステーキ専門のお店でステーキを頼む=お肉の波に溺れる未来の許容。
雨が降ってるのに傘で済ます=濡れる未来の許容。

ステーキ専門のお店できのこハンバーグを頼む=お肉な未来への抗い
雨が降っているならカッパを着る=濡れる未来の拒絶。

人はもう、抗うことを止めたんですね。事の進むまま、流れのままに生きていく。カッパを着る人が少なくなったのも同じ理由なんですね。流れにまかせて、ステーキ専門のお店ではきのこを舐らずお肉を当然と受け容れるように、雨水を受け容れる。

カッパを着ない人々で構成される未来。
戦う意志のない人々で構成される、未来。

それでいいのか?
諦めて、雨水に濡れてニヤケ面。ステーキ専門店でニヤケ面してお肉様と踊る、奴隷。

戦う意志があるのなら、一滴の侵しも許すつもりがないのなら人はカッパを着るべきだと思うんですよね。
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いいオンナは西を向く
2007-07-12 Thu 23:20
まぁ、実際は観たことないんですが、「今年流行の傘」なんてのはとっくの昔にテレビで特集されてたりするんだと思うんですね。観たことがないから適当に書くと、今年の傘のキーワードみたいなヤツがまず紹介されるんでしょうね。例えばそのキーワードが「ウズラ」だったとしたら、ウズラみたいな色の傘やだったり、ウズラチックなデザインだったり、取っ手の所がウズラの足みたくなった傘が紹介されるんでしょうね。かくしてウズラは雨の町並みを一様に彩ることになるんでしょう。

「それでいいのか?」と問いたくなるんですね。例え話とはいえ、ウズラですよ。ウズラ。「傘にウズラという組み合わせがマウリシオグージェルミン的な地球の広がりを感じさせ云々」みたいなナレーションに乗せられ、考えることなく人はウズラを差す。ウズラで良かろうはずがないのに。マウリシオグージェルミンって昔のF1レーサーの名前なのに。訳のわからないカタカナとウズラで人はメロメロになるんですね。

これから傘の流行はそうじゃない。ウズラじゃない。
もっと傘自体から離れるべきだと思うんですね。

先日、素敵な女性と話す機会があったんですよ。
傘の話になったんですね。ちょうどその日は雨が降ったり止んだりのはっきりしない天気で「外出時傘を持って行くかどうか、判断しづらいですね」という話題になったんですよ。

普通なら傘を持って外出した方がいいんでしょうが、外出先の傘って置き忘れるじゃないですか。或いは天気予報を見て決めるのもいいでしょう。
でも、その女性はですね

「西の空の雲の流れを見て決める」

らしいんですね。天気予報なぞ見ずとも彼女は自分でこれからの天気を判断するらしいんですね。(なぜかこの時"くのいち忍法"という文言を思い付いた。彼女の言動に確かに忍者を感じ取った)

デザインに頼るではなく、機能に溺れるでもなく。これからの傘は、それを使用するか否かを判断するシーンに重きを置くべきだと思うんですね。「いい女は西を向く」「雨かどうかは私が決める」あたりのコピーで。一様にウズラの傘を差し、同じ方へ歩いていく人々の中で立ち止まり、西を向く女性の凛とした姿が何かと他人に頼りがちな日本人を変えることになる。


まぁこんな、隙間を埋めただけの記事で僕が言いたかったことはですね。「傘は忘れちゃいけないよ」ということなんですけどね。(今年二本目)
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火星は遠い
2007-07-09 Mon 23:13
みなさんどうでしょう?最近証明写真を撮ったこと、ありますか?
その出来映えに満足することができましたか?

証明写真を撮らなきゃならなくなったんですね。で、写真を添付しなければならない書類の締切は三日前。「……インドの時間はゆっくりと流れる」ガンジスの流れに思いを馳せながら証明写真を撮るボックスに入ったんですよ。

カメラはバシャンコバシャンコ、光ったり音を鳴らしたりお釣りを間違えたりしながら僕の顔写真を吐き出しました。

僕もこの年まで己が顔と付き合ってきてですね。愛着というか諦念というか。まぁ、どんな証明写真であれ、満足はしないが同時に多くは望めないことを良くわかってるつもり、だったんですね。でも、今日のはひどい。写真に写っていたのは「6時30分からの県内関係のニュースに出てくる容疑者」みたいなオッサン、だったんですね。

「これはいかん!」指名手配されている己が写真を手にした容疑者の気持ちってこんなもんなんだろうと思いつつ僕は、ボックス内で狼狽したんですね。

「…マッキー。」
僕の中で悪魔が囁きます。
「極細マッキーでこう、眉毛のトコをアレッサンドロ・ナニーニみたく塗りたくれば…」
今時中学生でも考えないような手段に頼りたくなるほど慌てたんですね。

ここで僕は深呼吸して、自己と対話しました。
「出張で火星行きを命じられたとしましょうよ。俺。いきなり火星行きの航空チケットが売ってるかどうか調べるか?調べないだろう?まずはNASAに行く方法を考えるだろう?その前に成田空港に行く方法を考えるだろう?物には順序がある。筋道を立てて考えるんだ。俺。」
「写真の僕が何故容疑者みたいなのか?順序立てて考えるんだ。
よく見ろ、無精ヒゲが生えてるだろう?まずはここさ。ヒゲを剃るんだ。」

僕は車内に常備しているシェーバーでヒゲを剃り直し、再度写真を撮りました。
今度はそこそこの写真が撮れてるハズ。

で、カメラが吐き出した己が再チャレンジを見てみたら。

「小ざっぱりした柿泥棒」

みたいな顔だったんですね。
容疑者としてスケールダウンしている。もはや報道さえされそうにない。

証明写真を撮るにつけ、火星の遠さを思い知る。
人が火星に辿り着けないのと、満足できる証明写真が撮れないのはなんか似ているね、なんぞ思ったんですよ。
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命をつなぐもの
2007-07-06 Fri 23:36
中古のトラックをお客に販売しましょうよ、みたいな話になったんですね。

ネットで検索すれば中古乗用車の情報は全国からわんさか引っ張ることができるんですね。写真を見て年式や走行距離を調べれば、ある程度モノの良し悪しの判断がつくんですよ。でも、僕が仕事で扱ってるようなトラックになるとですね、個体差が非常に大きいんですね。写真や走行距離だけじゃなかなか判断しづらい。現物を直に見るのが一番なんですね。

みなさんも日常生活で、中古の乗用車を取り扱うお店を見掛けたことがあるんじゃないかと思うんですね。店先に並ぶクルマはピカピカに磨かれて、店内もきれいにしてるトコロがほとんど、だと思うんですね。
でも、トラックなんぞを扱う中古車屋は一味違うんですね。在庫しているトラックを洗車して、綺麗に保つ努力をしている業者は皆無。店舗もごちゃごちゃしていて小汚いんですね。以前記事に書いた中古車屋なんて、店舗の敷地内でニワトリ飼ってますからね。それも、一羽や二羽じゃないですから。もはや趣味や食用という一般的な目的を超えた、タマゴを血清かなんかに加工するべく出荷しているんじゃないかとさえ思えてくる。そんな量のニワトリを敷地内で飼う中古車屋を見た事がありますか?

まぁ、そんなこんなで客先まで中古トラックを持っていたんですが。そのトラック、見た目は結構綺麗だったんですね。なんだか拍子抜けしつつクルマを見回しますと、やはり瑕疵はあったんですね。

「荷台にキノコが生えていた」

んですよ。トラックの荷台の床って木製なんですね。床からキノコが僕にアイラブユーを囁いている。

掃除されていない、汚れて、傷がついている位だったら馴れてるんですが、床にキノコが生えてるってのはさすがの僕も経験が無い。みなさんどうでしょう?なにか品物を買おうと手にとって、それに意図せざるキノコが生えていたらどう思いますか?買うのを止める方がほとんどだと思うんですよ。この「キノコが生えてる」ってのは商品にとって致命的で。それが許されることってないんじゃないかと思うんですね。マツタケを買おうとして箱を手に取ってみてその箱に椎茸が生えていたとしたら、そのマツタケは売れないと思うんですよ。

お客はトラックを見回しています。
僕は、商品価値を大幅に下げる要因であるキノコを、取り払わなければならない。

「商売の成否が掛かっているんだ。そのキノコを、むしり取れ!」
「そんな菌糸植物にいかほどの価値があるのか?奴らキノコに感情はない。むしれ!むしり取り捨ててしまえ」

僕の中で資本主義がかま首をもたげます。
でも、僕はどうしてもそのキノコを取り払うことが出来なかったんですね。

その中古トラック、横浜から来たんですよ。はるばる横浜から命をつないでやってきた。その命を、僕のエゴで奪うわけにはいかないんですね。

「このトラックは、荷台にキノコが生えるほど使用頻度が少ない、まさに掘り出しもんですぜ。ミスター。」

僕はお客にそう説明しました。使用頻度が少ないってのはそれだけ状態が新車に近いという意味。キノコの存在意義をお客に認めさせ、且つ商売を成立させる為に僕が必死につむいだ言葉。

どうにかお客にトラックの価値とキノコの意味を伝え、僕はそのトラックに乗って事務所へ帰りました。商談は成立するでしょう。そのキノコは会社の近くの林にでも持って行ってあげようと思っています。
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梅雨空に咲く花
2007-07-03 Tue 22:39
上司と一緒にクルマで道路を走ってたんですよ。
工事中の為、片道交互通行になってる所を通り掛ったんですね。

そこの工事現場で働く作業員のオッチャンを、見るとは無しに眺めてたんですが。

ほら。工事現場のオッチャンが被る一般的なヘルメットがあるじゃないですか。
中央に緑色の十字が描いてあるみたいな、例の黄色。

普通の方はそのヘルメットを被って終わり、安全作業への準備は万端と相成るじゃないですか。でも、僕が見掛けたオッチャンは一味違ったんですね。

黄色のヘルメットに重ねて白い円形の、そう、シャンプーハットみたいなヤツを被ってたんですね。日除けなのか?雨除けなのか?その目的はひとつではないんでしょうが。

ここで上司が「あのオッサン、なんだか目玉焼きみたくなってるな」的な冗談をぶっ放してきたんですよ。黄色ヘルメットが黄身で、白いシャンプーハットが、白身みたく見えたんでしょう。

一般的なサラリーマンとして強化されてきた僕。「さいでげすね!ウヒヒ!」あたりの肯定的な相槌を入れ、現在という大してつまらない、いや、正確にいえば便所のような「今」を磐石たらしめる作業に取り掛かるんですが。今日の僕は違ったんですね。

「目玉焼きっていうか、ハルジオンみたいですね」

路傍に立つものがあるのならばそれは可憐に咲く花だろう。
目玉焼きは路傍に立たないだろう。
オッサンはヘルメットとシャンプーハットを帯びて、梅雨空に咲くハルジオンになったと解するべきだろう。

まぁ、そんな上司と僕の相克はどうでもいいんですが。

そのオッチャンも、最初は戸惑ったと思うんですね。
その戸惑い、躊躇いは「少し派手かな?この水着?」と、試着室で悩む女性に相通ずるものがある、と思うんですね。

黄色のヘルメットに白のシャンプーハットのデュオはあまりに先鋭的で。3年、いや、5年は先を走ることになる。普通の人はまずその組み合わせに圧倒され、彼の組み合わせの真意を量りかねるだろう。絵画を解せない人はそれを目玉焼きだと思うだろう。女性の派手な水着が「……巻尺?」と解されるシーンがあるように。


初夏の世界に自分を解放する。
そこにある戸惑いや躊躇は、なにも若い女性だけのものではないんだね、なんて思ったんですね。
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| あばれはちまん |
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