あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
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忍者はこうして生産される
2009-02-21 Sat 22:32
保険ってあるじゃないですか。生命保険やら自動車保険やら。
僕らの人生順風満帆、何の事故も起らない保障などどこにも無くって。僕らはそれらに備えておく必要があるんですね。
ああ掛けてといて良かったねと思う一瞬が、ああ掛け損だったねと思う毎年をズバッと追い越していく未来があると思うからこそ人は保険に入るのです。まぁ、博打みたいなもんですね。勝つと思うからお金を賭けますし、負けると思うから保険を掛ける。

先日、会社の同僚達とお酒を飲んでいた時の話なんですが、なんでも「原子力保険」ってのがあるらしいんですね。原子力発電を行う電力会社が加入するものらしくって。もしも事故とかで放射能がニョロっと漏れたりしたら大変じゃないですか。そんな時の為の保険だそうです。

「原子力に保険を掛けるという考えがあること自体、原子力発電は既に瑕疵を内包しているんだ」
「いや"壊れないモノ"などこの世にはないぜ?漏れた放射能から惹き起こされる災害に対する保障を念頭に置くのは19世紀ドイツの…」
なんぞ、同僚達は喧々諤々議論を行っていましたが僕は鯵の開きをむしるのに忙しかったものですから、彼ら攘夷志士のハナシなんぞ聞いてなかったんですね。

「どうよ?ポルセ?原子力保険?」同僚がハナシを僕に振ってきましたがなんせ僕は鯵の開きにおけるクライマックス"赤身の部分を剥ぐ"に没頭していたものですから原子力どころではない。「ああ?うん、いいんじゃないの?初々しい生尻はペッシーンッ!と叩いとけば?」あたりの生返事をしておきました。

いや、原子力保険について僕は意見するべきところが何もない訳ではなかったんですね。ただしその意見というのが
「原子力保険て……なんか、カッコイイ!」
だったんですね。ドイツなど全然出て来ない。まぁ、初々しい尻で照れ隠しといいますか、そんな感じだったんですね。

原子力保険って、なんか憧れる。なんか、カッコイイ。僕はそう感じたんですね。
で、そのかっこよさの由来は「僕の為に用意されていないから」だと考えたんですよ。

原子力保険は例えば「原子力保険個人型掛金月々800円!放射能浴び放題プランなら月額プラス200円!」とかの市井一般を煽る宣伝文句で支配されてないじゃないですか?あくまでソリッドな、電力会社のトップの為にのみ開けられる黒革のアタッシュケースの奥に仕込まれた秘宝のような居住まいじゃないですか?保険の目的が醸す結果の悲惨さ、加入の動機が醸す悪魔のような冷徹さを超えて"カッコイイ"と感じたんですね。僕の為に用意されていないから憧れる。僕の人生と交差しないであろうから、憧れたんですよね。

先日、クルマを運転していましたら、歩道を若い男女が歩いていたのが見えたんですね。
彼ら男女は一本の赤いマフラーで互いの首を覆っていたんですよ。いつかドラマで観たあの、僕が憧れた風景は、彼ら国道3号線植木町役場前を歩く男女において顕現していた。彼らは確かに、一本の赤いマフラーで繋がれていたんですね。

赤いマフラー一本で互いの首を覆う彼ら男女をみて僕は何ら、例えば古臭いアナクロニズムを感じることもなければ、いかような嫉妬を感じることもなかったんですんね。ただひたすら彼らをカッコイイと感じたんですよね。

何故か?何故僕は彼ら若い男女が巻く赤いマフラーに憧れたのか?
「僕の為に用意されていないと感じたから」なんですね。
原子力保険に対しての憧れ気分と同じような心持ちで男女を繋ぐ赤いマフラーを捉えた。「いずれも僕の為に用意されていないから、憧れる」

いや、僕は只、憧れたままでいいのか?
その赤いマフラーは本当に、僕の為に用意されていないのか?

憧れを手に入れろ
届かないと信じていたあの唾棄すべき昨日までに、別れを告げろ
勧誘されなかった原子力保険に加入するように
結ばれなかった赤いマフラーの切っ先を補完するように
僕は「憧れたモノ」を手に入れるんだ

で、マフラーの先を大いに余して僕は歩いてみたんですが切っ先候補は現れなくてですね。
ズゾンズゾンとマフラーの先は泥水に濡れてですね。
濡れまいと、濡れまいと僕は切っ先を地面から離すべく、ひたすら走ってですね。
地面からローンチしたマフラーが風にたなびいて。なにやら僕は忍者になってしまいそうです。
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エロ本のカバーは僕らに語り掛けるよ
2009-02-14 Sat 23:44
かたつむりっているじゃないですか?君達冬はどうしてるの?と、心配らずにはいられない両性具有のシャイなあんちくしょうなんですが。かたつむりって地方によって呼ばれ方が違うらしいんですね。デンデンムシであったり、マイマイであったり。こういった呼び方の違いを整理分類し、しかる後「一体民俗とはなんぞや?人間とはなんぞや?」と考察するのが民俗学らしいんですね。柳田国男という学者先生が著書「蝸牛考」でこういったハナシをしているとか、していないとか、そんなハナシを聞いたことがあります。ソースなどない。

方言や地名、土着のしきたりから人を探るってのが民俗学といえるんですかね?
例えば「マクドナルド」の呼び方が地方によって変わるってのもある意味民俗学的なハナシになるんですかね?まぁよくわかりませんが、こういうのって素晴らしいと思うんですね。人間が一様ではないきっかけを探るのは他者の価値観を肯定するきっかけとなりやがて世界はひとつになる…、ああ、こういう大き過ぎるのは要らないですね。「民俗学は素晴らしい、それは、ちょっとした勃起のきっかけになるくらいだ」程度で結構だと思います。

民俗学には「キーワード」が必要じゃないですか?
かたつむりであったり、マクドナルドであったり。どこにでもあるが、どこであれ変ずるもの。

僕に、この、聖バレンタインデーに起った唯一のハプニングが「え!あれって伊達メガネなの!」だった僕がですよ、そのキーワードにひとつ加えることを許されるならばそのキーワードは

コンビニのエロ本にかけられたカバー

だと思うんですね。

仕事で外回りの営業なんぞをやっていますと、あちこちのコニビニに行くんですね。で、最近気付いたんですが、コンビニのエロ本にかけられるカバーには地域差があるんですね。具体的に言えば「田舎のコンビニほどカバーのかけられ方があまい」んですね。都市圏、といっても熊本市内程度なんですが市中のコンビニはカバーがガッチリ決まってるんですが、これが鹿北地区(田舎)まで移動しますとそこは性の解放区、ノンカバーなんですよね。あれ?なにこの選り取りみどり?これはここでインプットした画像を隣のトイレで再生して僕は、僕は白い毒を…みたいなアレなんですね。まさしくどんざらし、ナシヨナルジオグラフィック的な扱いのエロ本ども、なんですね。で、鹿北まではいかないプチ田舎の菊池市になると「ビニールの紐で襷掛けに掛けられたカバー」を堪能することになるんですよね。厳然としたエロ本の扱いをなされない、かといってフルカバーとまではいかないペンタクルスの呪縛を賜ったエロ本どもでああ、これはこれで僕は白い…みたいなアレなんですよね。

お月さまを眺めることがあるじゃないですか。
やさぐれた時間を生きる人、日中の空が眩し過ぎて見ることもままならない個人に対しても夜は常に優しくて。すべての人は夜空を眺めることだけは許されているんですよね。で、夜空の月は見る度にカタチを変える。下弦上弦三日満日、夜空の月はカタチを変える。

エロ本にかけらてたカバーは満ち引きする月齢と同じだ、と思うんですね。
月もエロ本も、見かけのカタチが変わるだけで、実際自身が変ずるわけではない。
それは取り巻く人間が決めたことだ、見かけのカタチが変わるだけなんですね。
これはエロ本であるからカバーで厳に括らなくてはならない
これはエロ本ではないから、解放してよい
エロ本自身が決めるカバーではなく、扱うまわりの人間が決める価値、なんですね


普遍の存在を持つ物体に対する、数多の見なしの変化。
人の捉えの多様性、価値観とは一体なんだ?

エロ本に掛けられた無機物は僕等に語り掛ける。「人間とはなんぞや?」

エロ本に掛けられたビニールのカバー、満ち欠けする月を見る度僕は泣きそうになるんですよ。
だから何?ってなハナシなんですけどね。
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しんにょうを巡る闘い
2009-02-08 Sun 20:08
タイムリー。
実にタイムリーなハナシなんですが先日、常用漢字がちょこっと増えたらしいんですね。(関連のニュース記事)

茨城の"茨"や埼玉の"埼"あたりが新たに常用漢字に含められたらしいんですがそんな話はどうでもよくって。
問題はしんにょうですよ、しんにょう。

"現行表は、部首のしんにゅうは1点に統一されているが、追加する「遡」「遜」などは、印刷物などで使われる2点しんにゅうを採用し、1点の字体も許容した。手書きでは、1点しんにゅうが一般的と注記する。"(関連のニュース記事より抜粋)

先日、しんにょうという記事、記事というかまぁロミオとジュリエットを書いたんですよね。しんにょうにおける点々の寡多に生殺与奪の大権を奪われた悲しい男女の話なんですが。このニュース記事によるとしんにょうにおける点々の数ってのは、結構どうでもよいみたいなんですね。そのどうでもよさは以前どこかのブログで読んだ「アルフォートって…奥歯に詰まりますよね?」という地球を真っ二つに割ったかのような一行記事(コメントが50位ついてた)に匹敵するどうでもよさ、なんですよね。

いやいやいやいや、ちょっと待って下さいよ、と。
ここに、しんにょうの点々の数に全てを奪われた個人がおはしますよ、と。
最近髪を切った、部屋でちんまり安ワインを煽っているガイがいますよ、と。

おまけに、しんにょうが"しんにゅう"と表記されているんですよね。

もうホント、ちゃんとして欲しい。
ちゃんと校正した?それ校正じゃなくって、更生の方じゃない?なんか、しんにょうを生まれ変わらせてみましたみたいな方向に進んじゃってない?しんにょうの良い部分を残しつつ、いま流行の「ゅ」をスワロフスキーのラインストーンよろしくあしらってみましたみたいなコトになってない?

そんなデコ携帯要らないからなどと思いつつ"しんにゅう"について調べてみたところですね

"しんにょうでもしんにゅうでも、どっちでも良い"

らしいんですね。学校の先生次第でどっちかが教えられるものらしいんですよ。


しんにょうの蔑ろにされてるっぷりは、なんだ?
一点でも二点でもどちらでもよく、そもそも確たる名さえ持たない。この打ち棄てられっぷりは、なんだ?

僕らしんにょう持ち(名前にしんにょうを帯びた漢字を持つ人のこと)が点々の寡多に生きるか死ぬかを賭けている間に、しんにょう無し達は青い空の下青い浜辺に寝転がって青いカクテイルを飲みながら日光浴ですよ。
僕らしんにょう持ちが寒空のもと、通りでマッチを売る間に、しんにょう無し達は暖かい部屋で一家団欒ですよ。

これはもう闘うしかないと思ったんですね。
しんにょう無し達にぞんざいに扱われてきたしんにょうの名前を、しんにょうにおける点々の数を、取り戻すんだ!

こうして世界中のしんにょう持ちの為に闘う決意をした僕なんですが、先日、クリーニング屋さんに行ったんですね。
初めて行くお店だったんですが仕事の都合上ほど良い場所に位置していたこともあり、会員になることにしたんですよ。

会員になるため申込書に名前を記したんですが。応対してくれた店員さんは「松田」という名札を着けてたんです。ここでしんにょう持ちの血が沸々と滾りまして。やってやるぞと、このしんにょう無しにしんにょう持ちの力を見せてやるぞと。

申込書の名前欄に、"三点しんにょう"を書いてくれたんですね。これでもくらえ!これがしんにょう持ちの底力だ!
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しんにょう界でも大技として有名な"三点しんにょう"です。これをくらってしんにょうに注目しない輩はいないでしょう。いかに松田さんがしんにょうに対して圧倒的に無関心であっても、さすがに三点しんにょうには驚かざるをえないでしょう。もしかしたら泣いちゃうかも。松田泣いちゃうかもしれない。



「会員証は10日くらいしたら出来ますんで、取りに来て下さいね!」

快活。
僕に仮の会員証を渡して、松田すげぇハキハキしてる。三点しんにょうなどどこ吹く風。

世間はしんにょうに対して無関心で。無関心でできた津波に僕らしんにょう持ちは飲まれて。
僕らしんにょう持ちの闘いは始まったばかりだ!みたいな10週打ちきりっぽい言葉でこの記事をお終いにしたいと思うんですね。ポルセ先生の次回作にご期待下さい!
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