あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
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君が輝く時
2010-10-17 Sun 19:48
催し物に併せて行われる特撮ヒーローのショウがあるじゃないですか?仮面ライダーのあれであれプリキュアのそれであれ、お子達は地球を真っ二つに割らんばかりの入れ込みようでショウを観るじゃないですか?あれって「自分もあんなヒーローやヒロインになれることを信じて疑わないから」だと思うんですね。彼らにとって特撮ヒーローのショウは「あんな風になりたいの先の"自分もきっとヒーローになれるんだ"」という思考が根底にあって。ステージ上のヒーローは他人事ではなくやがて達する自分の未来像だと信じていると思うんですね。

彼らお子達はやがて自分がヒーローやヒロインとして選ばれることを信じて疑わない

でもそんな彼らが信じて疑わなかった未来はやがて、雨に濡れていく古新聞のように緩やかに世間に侵されていって。自分こそがヒーローだと信じた彼らはやがて誰かが達するヒーローに憧れるようになり、最後にはあんなものは虚構だよと嗤う。届くと信じた高みを見上げ届かないことを思い知り、あれほど届くと信じた高みは大人になった彼や彼女が常に見上げる濁った灰色の空に沈んでしまった。

ヒーローやヒロインとして選択される未来は諦念の空に沈んでしまった

もちろん僕もそんな「ヒーローに選ばれる未来」を結構早い段階、小学生の頃母親が道で拾ってきた1万円でお米(白米)を買ったという、お金を拾わなかったらお米が買えないという日常にあった我が家のあの日あたりで諦めてしまったひとりなんですが、最近、ちょっと、これはヒーローに届くんじゃなかろうかというシーンに遭遇したんです。

先日、スーパーで買い物をし、レジで並んでいたんです。僕の一つ前で精算をしていたのは中年男性で、僕の後ろに並んでいたのは高校生位の若い男性だったんですね。前の男性が良く出来た彫像のように表情の無いレジの女性に支払いを済ませ、僕の番になったんです。合計金額を知らせるラッパが彫像の口のあたりから鳴り響き、お金を支払ったんですが、レジの女性がレシートと一緒に何やら僕の手にオブジェクトをスッと、忍ばせてきたんです。中南米あたりの麻薬の売人が馴れた手つきで薬を客の手元に滑り込ませるあの、微風に似た滑らかな空気の振動をもたらして彼女は僕に何かを渡し終え、彫像から一瞬人間の女性(遠藤久美子似)に戻り、意味有り気に僕に微笑み、直後にまたあの彫像のように表情を無くして若い男性の精算を始めたんです。

まぁ、レジの女性が忍ばせてきたオブジェクトってのは"シールを集めてサンリオキャラクターのぬいぐるみを特別価格で買えるキャンペーンの応募用紙"だったんですけどね。レジの女性は僕の前にそんな用紙は渡さなかったですし、僕の後の若い男性にも渡さなかったんです。僕は選ばれたんですね。

とうの昔に灰色をした諦念の空に沈んでしまった、夢を夢だと思わなかったあの日。僕は特別な人間であるとして神様から選ばれ、世界を救うことを疑わなかったあの日。世界を救うヒーローに選ばれることと並み居る強豪を抑えてサンリオキャンペーンの参加者に選ばれることは若干の程度の差こそあれ、二者は相似であると思うんですね。

君が輝く時、君は特別なヒーロであるとして選ばれる。灰色の空に消え去ったと思った未来は消えてなんかいない、見えなくなっただけなんだ。

サンリオキャンペーンの応募用紙を握り締め、そんなことを考えるんですよ。只でくれるんじゃなくって、特別価格で買えるってトコに何やら世知辛さを感じながら。
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海岸通りはどこにある?
2010-10-11 Mon 17:05
アジアン・カン・フー・ジェネレーションの楽曲に「海岸通り」というのがあるんです。聴いたことがない方は是非聴いてみて欲しいんですが、とても良い曲なんですね。もの悲しいイントロのメロディから祝福されたエンディングへと楽曲は、主人公の心象に海岸沿いの春の風景を絡ませながら柔らかくダイナミックに進行していきます。その曲を聴く度に僕は泣きそうになるんです。

僕も、そんな世界を書いてみたい

そう考えたんです。「海岸通り」で描かれたあの、泣きそうになる世界をこんな、ここもじき腐海に沈むとユパ様に見做されていても仕方がないようなこんな捻挫ブログで描いてみたい、そう考えたんです。

で、"海岸通りの素"を探したんですが、驚く程に"無い"んですね。
楽曲において季節は春、ロケーションは海沿いの街なんです。百歩譲って季節は互換可能な秋であるとしても、海沿いってのが何ともハードル高しなんですね。ただの海沿いだったら熊本にもあるんでしょうが、憧れの海岸通りのことです。ただの海では済まされない、きっとグランブルー的な青みと深度が求められると思うんですね。皆さんの日本地図を繰って欲しいんですが、熊本に面した海って概ね有明海なんですね。遠浅で灰色、押し並べてヌタっとしている。そもそも僕が住んでるところから海まで結構遠いんですね。果たして海岸通りは熊本の、それも山の手暮らしのオッサンにとって手の届かぬものなんでしょうか?

初めて宿泊するホテルやらで、天井に着いていた染みが人面に見えて、そしたら急に金縛りにあって云々なんてハナシを聞くじゃないですか?あれって「無意味な染みのカタチが為す意味の方向性は、見る人によって既に決められている」からだと思うんです。怖い怖いと考える人は染みが苦痛に歪む女性の顔だと認識するんでしょうし、神秘的なモノに魅せられがちな人はそれがキリストの顔に見えたりするんでしょう。染みのカタチは個人が潜在的にそういうカタチを望んだ結果だと思うんですね。結論(苦痛に歪む女性の顔)を望んで過程(染み)を解釈する。

「結論を定めてそこへ向け過程を解釈していく」ここに大きなヒントがあると思うんですね。
「結論を"海岸通り"に定めて、それっぽい具材を集めていく」海岸通りのあの煌びやかな世界に多少合致しなくっても、(言い方は悪いですが)「それっぽい」ものを集めさえすれば潜在意識が僕らをそこへ導いてくれる、そう考えたんですね。

こうなると海岸通りの素の選択肢は一気に広まります。

指名手配犯の写真を凝視する女子中学生達 おい、小池!の声に振り向く

身の丈2メートルはあるセイタカアワダチソウ あの外来種

秋巻く川で見たこともない珍漁をする漁師は 水中でお椀のようなものを叩く

なんでもリセッシュで済ませようとするあのウソに満ちた安心感を集めて

それっぽいモノを集めてみたんですが、どうでしょう?
で、ここからが大事なトコロなんですが。

結論を海岸通りに定めて、過程を解釈していくのは皆さん、なんですね。あの海岸通りは皆さんの中にある。

薄目で眺めてみたらほら、そこには春煌く海岸通りが。(特に指名手配犯の写真を凝視する女性中学生のくだりで、色濃く)
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