あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
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タオルチーファー
2011-03-27 Sun 20:42
僕がやってる仕事はホワイトカラーとブルーカラーの間にあるようなもんで。机上でこれでもかと書類を作ったかと思えば、4トンダンプの荷台に中古タイヤを10本手積みしたりする。汗もかきますし手も汚れる。普通のハンカチじゃトルク的にもたないんですね。一応背広を着てるもんでタオルを首からぶら下げるわけにもいかない。これは皆さんにコッソリお教えするんですが、レストランで出される布製のおしぼりがあるじゃないですか?古くなったあの布製のおしぼりを分けてもらって、それをハンカチ代わりに使ってたんですよね。僕というヤツは。でも、あってはならないじゃないですか?合法的に手に入れたおしぼりなんですが周りから見れば盗品のにおいがプンプンするし、そもそもあの布をもって額をぬぐう様がハンカチ王子(死語か?)の対極にあるようで。パクッてきた布おしぼりで額を拭う労働者と見做されてもしかたがない。プロレタリア小説の一本や二本平気で書けそうです。

タオルチーフという布のジャンルがあるんですね。手指を拭うのに十分な厚みとコンパクトなサイズを実現した僕の為にあるような布、その存在を知りまして。早速買いにいったんです。で、タオルチーフコーナーに着いたんですが、愕然としたんですね。その品揃えに。

全て、あの広い広いタオルチーフ広場(そんなに広くはなかった)にある布どもは全て女子供用だったんですね。なにやらプリキュアのそれやらワンピースのあれやら、38のオッサンがポケットからするっと出してよいデザインのものは一つもなかったんです。冷静に考察するにタオルチーフというものは乳幼児向けに特化した布の一群だと思うんですね。お子のヨダレや鼻水を拭う親御さんや、お子達自身の為にあるもんだと思ったんです。潤沢な鼻水やヨダレを拭き取るにあの厚みこそ必要だとして、生産されている。

普段滅多に怒らない僕もこれはさすがに怒りを禁じえなかったんですね。ふざけるなと。ヨダレや鼻水を垂れ流すのは小さいお子だけじゃねぇぞと。人間社会というジャングルジムでヨダレや鼻水ような汗や涙を額から、眼から垂れ流しているオッサンにこそタオルチーフというのは必要なんだぞと。

そもそも、あのタオルチーフの厚みを彼ら女子供はよく理解できているのかと。
あの厚みを物質としての厚みとしてしか理解してないでしょうが、僕クラスになってくると違うんです。もっと観念的に細雪的にあの厚みを捉えているんですね。

先日、ラジオを聴いていたんです。ラジオの中で女性がうどんについて語っているような番組だったんですが。女性がうどんのことを「おうどん」とよんでいたんですね。丁寧な表現の為の「お」を冠として素うどんは輝きを増していたんです。

僕はそのラジオでの「おうどん」に、タオルチーフの厚さを感じ取ったんですね。通常「うどん」で済むところを、まさかの手厚いケアであるところの「お」を施してうどんはただの炭水化物から高次の存在へカタチを変えたような気がしたんですね。こう、どっしりとしたような。ただのうどんでは終らない何かをうどんは「お」をもって得たんだと思うんです。

「おうどん」の「お」とタオルチーフの厚みはコンセプトとしては同一なんだ。
うどんを覆う分厚いケアの「お」は全てを吸い取るタオルチーフのあの厚みは、カタチがちょっと違うだけで実は同一なんだ。

タオルチーフは誰のためにあるのか?

あの厚みとは一体なんなのか?これを理解せずして何のタオルチーファーか?
僕らオッサンの為にこそ、生きて、血のようなヨダレのような涙のような汗を流すオッサンの為にこそ厚いタオルチーフはなければならないと思うんですよね。

110327_2026~01
ギリギリセーフのこの一枚だけ買ってきた。
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手に手を取って
2011-03-13 Sun 20:14
今回の震災で被害に遭われた多くの方々にお見舞いとお悔やみを申し上げます。たくさんの、大事な多くのものが損なわれてしまいました。やり直せない、取り戻せないという事実のなんと残酷なことか。ただ、僕らは手に手を取って目の前の困難をひとつずつ乗り越えていくだけしかない。時間はかかるでしょうが、頑張ろう、頑張ろう。
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