あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
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2006-08-19 Sat 23:22
曖昧であることは、いけないことでしょうか?
はっきりしないことは、いけないことでしょうか?

そうではないと思うんですよ。
はっきりしなくて結構。曖昧で結構。

ナビゲーション・システムってあるじゃないですか?
「到着すべき目的地までただの一度の誤りもなく運転者を誘導する事を期待された装置」ですね。

(私見です。実際付けてる方々に文句を言うつもりはありません。)
僕はナビを車に付けることはないと思うんですよ。
「付けるお金が無い」ってのが理由の9割で、残りの1割は「迷う過程を楽しむ為」なんですよね。「私は間違いなく行き先を示すから、あなたも真っ直ぐ到着しなければならない」。半ばナビゲーション・システムに脅迫されていると思うんですよ。「ゆとりのあるドライブ」なんぞの文言で誤魔化されたくない、これは本能、いや、闘争に近いと思うんですよ。道はどこにでも通じているのに真っ直ぐ着いてどうする?

田舎を営業でウロウロする事を生業としてるんですよね。
行きたい客の場所がわからないことがあるんですよ。

勿論車にナビゲーション・システムは付いていませんし、地図さえ車に積んでいない。
そういう場合は「土地の人に詳しい場所を訊く」んですよ。
田舎の人は近所の事にやたら詳しくって。大抵の場所は教えてくれます。

先日も行きたい客の場所がわからなくって、おおよそ近所の人であろうと思われるバアチャンに道を尋ねたんですね。

バアチャンは使い込まれ、鋭さを増した鎌で僕に行き先を示します。

「この先の、二つ目の石を左に曲がったトコロが○○さんの家だ」

この言葉を聞いた時、僕は電気が全身に走るのを感じました。もしかしたら勃起していたのかもしれません。

「この先の、二つめの石」 この教示方法がすごい。
「二つめの石」ですよ!「石」!
「神社」や「タバコ屋」等の、「田舎の道標」とは明らかに一線を画す「石」。
もはや人工の建造物ですらない。
ここで「二つ目の木」だったらわかり易い。草と木は明らかに違うから。でも「石」だったんですね。「岩」じゃあない。バアチャンのサジ加減ひとつで岩は石であり、石は岩である。境目がハッキリしないんですね。僕にとっての岩は彼女にとって石かもしれいない。

彼女は懸命に僕を誘導していた。しかし、僕は彼女の言わんとするところを理解できなかったんですよ。

これぞ道を教えるという親切の真髄。「教えたけれども辿り着かない」という奇跡なんですね。

バアチャンの厚意に応えるべくあてのない「二つ目の石」を探した僕は、勃起した前を前屈みの姿勢をとることで隠しつつ、「バアチャンありがとう!今日は急用を思い出したから帰るわ!」との断り口上を残し、その場を去ったんですよ。



僕らの人生は迷い道で出来ている。
そこに顕れる道標の曖昧さ。とても素晴らしい。

迷路を最短ルートでクリアすることのつまらさな。

迷う人生の素晴らしさ。

バアチャンの親切という花束は「道を教える」という陳腐な現実を超えた、僕自身の更に深い階層に手向けられたモノだったんですよね。
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この記事のコメント
・「」
ポルセさん、これは「ジギ-」の話ですか?
2006-08-20 Sun 23:10 | URL | ケン #NUPN.0j6[ 編集] | top↑
・「ケンさんへ~あ!~」
下手な情景描写がなく、下の話がないからジギーシリーズではないんですね。


・・・あ!「勃起」て書いとりますね!

この勃起はですね・・・。なんていうのかしら?
普通の(普通の?)とは違う、「心の勃起」みたいなですね、そういう意味なんですよ。
2006-08-21 Mon 23:21 | URL | ポルセリーナ #mQop/nM.[ 編集] | top↑
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