あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | top↑
ジギー10
2009-11-08 Sun 20:31
人間社会に天使や悪魔がいるとして、それはきっと文字や言葉の体を為しているんだとジギーは考えている。ファンタジーの世界で描かれるそれらのように羽根が生えたり、尻尾の先が尖っているものではなく、読み聞きする人間に捉えられ、彼によって属性が決められる言葉こそが天使や悪魔なのだと考えている。ただし例えばナイフで人を殺した殺人犯に、「ナイフを振り上げろ」という言葉が囁かれていたとしてその言葉が"悪魔である"とするのは愚者の行う責任転嫁の一種であると考える。言葉の体を為している天使や悪魔はもっと、それがそうだとはわかりにくいカタチで実社会に顕れるのだと考えている。

歩道沿いのバス停にある古びたベンチに腰掛け、ジギーは行き交う人々のことをぼんやりと眺めていた。初冬の風がビルの合間を抜け、歩道に積もった枯葉を吹き散らす。枯葉は一度ふわりと舞い上がり、ゆらゆらと揺れながら、元居た歩道に落ちていく。再び落ちた枯葉は歩道のタイル模様と相俟ってまるで意味を有しそうな、それは魚のような、聖者のような、見る人に拠ってさも意味有り気な模様を構成していく。眼前を歩む人々、路面に描かれた、後付にきっと意味を有するであろう模様。ジギーは目を閉じて、そのいずれからも離れたいと願った。

力無くベンチに座り込むジギーの脳裡に、歩道に枯れ葉がゆらゆらと落ちるように、ある言葉が揺れ落ちてきた。
"宋ボベと渡辺篤史は似ている"

ジギーは慄然とした。何が起きているのか?理解できなかった。
大きくブレスして、落ちてきた言葉を心の中で反芻する"宋ボベと渡辺篤史は似ている"
ジギーはもう一度大きく深呼吸して話し掛ける。「落ち着いて、ジギー。確かにジギーが唱える"似ている"シリーズは誰にも理解されないものが多いよね。でも、今回のこれは、ダメさ。だって、絶対に、絶対に似ていない、ミス・ユニバースと烏龍茶が似ているとするようなものさ。誰もそうだと思わないよ」誰にも賛同されないであろう"宋ボベと渡辺篤史は似ている"の言葉を抱いてジギーは、為す術無くベンチから立ち上がれずにいた。

ジギーの前を、顔を失くしてしまったかのような大勢の人々が行進を続ける。
唾棄すべき、しかし拠るべき日常が行進している。
ジギーの心の奥底に確かにある"宋ボベと渡辺篤史は似ている"の、言葉。

縦横に線を引かれただけの歩道と枯れ落ちた葉とで構成された無意味な模様は、やがて、本当に意味を帯びて、それに気付いた人を祝福するかもしれないし、呪うのかもしれない。つまり天使や悪魔とはそのような、意味を為さない文字の連続から始まるんだ。

再び社会に還る為に、多くを愛する為には一度遠くそれら全てから遠く離れなければならないんだ。
誰からも見放されて、独りにならなければならないんだ。星が美しく光って見えるのは遠く離れて眺めるからなんだ。誰をも捉えなかった"宋ボベと渡辺篤史は似ている"という言葉で僕は一度社会から、集団から日常から未来から凡庸から世界から大きく離れて、そしてそれらを遠くから、そこに戻るために強く愛さなけらばならないんだ。

ジギーはベンチからしっかりと、立ち上がった。
行くべき方向へ踵を返し、その先を睨みつける。

己の中の"宋ボベと渡辺篤史は似ている"という言葉が、暖かいぬくもりを帯びていくのをジギーは感じていた。
スポンサーサイト
別窓 | ジギー | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
<<人皆すべて梨を目指す | あばれはちまん | 砲丸少女>>
この記事のコメント
コメントの投稿














管理者だけに閲覧

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| あばれはちまん |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。