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あばれはちまん 奇蹟なんてどこにでもあるのに
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生きる意味と地球の重さ、免許証の数字について
2010-07-06 Tue 22:17
免許証を持ってる人は是非手にとって、中段下部に記してある数字を確認して欲しいんですよ。12桁位の数字が並んでいると思うんですが、問題は一番右端の数字でして。ここをご覧頂いている多くの方が持つ免許証のそこに印字してある数字はおそらく「0」だと思うんですね。

「生きるということは、つまり何ぞや?」と問われたとして、僕はきっと、それを答えるには到底足らない自身の人生経験に恥じながらも「失っていくことです」と答えるんだと思うんです。それは決してニヒルなスタンスでもシニカルな表現でもなく、冬の鳥が庭先の赤い実をついばむようにごく当たり前に僕らは失い続けていく。オギャアと産まれるやいなや僕らは失い始め、生ある限り失い続けるでしょう。楽しい時間も辛い時間も、愛する人も嫌いな人も、自分を産んでくれた母親も自分を蔑んだ継母も、人生最高のスィングで美しい稜線を描いた第2打のあのボールも、二度とは見れないと信じたあの赤いような、ピンク色のような夕焼け空も、護岸ブロックにエロ本然として打ち捨てられたあの週刊誌も、僕らはことごとく、失っていく。

「人間最後は裸で亡くなる、冥土に持っていけるモノなんて、何もないさ」マドロス気分で波止場のあの、巨大な黒いめしべのような例のアレに片足をかけパイプをくゆらせ今日も僕は呟いてみせるわけです、なう。(全力でツイッター)

さて、前々からちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気になっていることがあるんですね。それは地球の重さなんです。
地球が丸くなって数十億年経つんでしょうが、当時の重さと今現在の重さってのは同じなのか?違うのか?過去のが重いのか?それとも現在のが重いのか?その重さが気になるんですね。人口衛星なんかを造ってバンバン飛ばしてるから軽くなってそうなもんなんですが、地球の重さとしてなら箱の中に羽ばたく小鳥を入れても箱の重さが変わらないというハナシと同じような気がしますし、化石燃料を沢山消費してるからその分減っていそうですし。大きな隕石がぶつかってきた分は増えていそうですし。プラスマイナス締めたところで一体全体どうなっているのか?ちょっと気になってるんですね。

地球の重さは、願わくば「昔も今も、全く同じ」であって欲しいと思うんですね。

今日失った僕の何かを明日の誰かにしかと掴んで欲しい。昨日失われた誰かの何かを僕がしっかと抱き締めていたい、そう思うんです。

失い続ける僕たちは同じ量を得続けていく。喪失していくモノと獲得していくモノが世代を、民族を貧富を貴賎を思想を男女を国境を越えて締めてひっくるめたら同量同質であったと信じたいんです。

実際の重さはどうであれ、僕に対してはそんな決してばれない優しいウソを地球について欲しいと思うんですね。

最初に述べた免許証の数字なんですが、あれって「免許証を再発行した回数」なんです。多くの方は免許証なんて失くさないでしょうから、あそこの数字は「0」だと思ったんですね。

でも、僕クラスのドジッ娘になると「0」なんて数字は恥ずかしくってとてもマークできない。

100706_2153~01
このスコアはなかなか出せないでしょう。戦闘機乗りが機体に施す撃墜マーク然とした存在感を醸す「3」の文字。

この数字は免許証を失った証拠ではなく、誰かが手にした証拠なんだ。そう、僕は失くしてなんかいない。誰かが手にしただけなんだ。今日僕が失くした免許証は明日の誰かの犯罪に使われてみたりするんでしょう。僕が失った免許証はきっと誰かが手にする免許証。僕の免許証にあるドジッ娘の印は実は人類が最後にはお互い愛し合うことができる預言の印だと思うんですね。
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